東京銀座クリニック
 
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●膵臓がん細胞に対するアルテスネイトの抗がん作用

【アルテスネイトとは】

青蒿(セイコウ) という生薬は強力な解熱作用があり、マラリアの治療に古くから使用されていました。青蒿はartemisia annuaという植物です。artemisiaとはヨモギのことで、青蒿はキク科ヨモギ属の植物です。英語ではsweet Annieやwormwoodと呼ばれ、和名はクソニンジンとかカワラニンジンと呼ばれています。
その解熱成分の アルテミシニン(artemisinin) とその誘導体(アルテスネイトジヒドロアルテミシニンなど)は マラリア の特効薬として薬品として使用されています。近年、このアルテミシニン誘導体が抗がん物質として注目を集めています。
アルテミシニン誘導体を使ったがん治療はまだ研究段階ですが、すでに臨床例での検討も行われており、有効性が報告されています。

アルテミシニン誘導体の一種 のArtesunate(アルテスネイト)の構造式は下図の右に示しています。この物質は分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するendoperoxide bridge を持っています。
がん細胞はトランスフェリンレセプターを介したメカニズムでを多く取り込んでいます。がん細胞内には鉄イオンが多く含まれ、アルテスネイトは鉄イオンと反応してフリーラジカルを発生するため、がん細胞が選択的に障害を受けることになります。正常細胞は鉄をあまり含んでいませんのでがん細胞に比較的特異的に細胞障害作用を示します。

【膵臓がん細胞に対するアルテスネイトの抗がん作用に関する論文】

アルテスネイトは様々ながん細胞に対して抗腫瘍効果を示すことが報告されています。
培養細胞や動物を使った実験では、白血病、大腸がん、肺がん、悪性黒色腫、肝臓がん、卵巣がん、骨髄腫、膵臓がんなどに対する抗腫瘍作用が報告されています。
臨床例での有効性を認めた症例報告もあります。例えば、進行した悪性黒色腫に著効した症例報告や、進行した非小細胞性肺がんの抗がん剤治療にアルテスネイトを併用すると抗腫瘍効果が高まることを示したランダム化比較試験の報告などがあります。(詳しくはこちらへ
抗腫瘍作用のメカニズムに関しては、1)T細胞白血病にアポトーシスを誘導する、2)マウスに移植したカポジ肉腫の実験で増殖抑制と血管新生阻害作用を示す、3)活性酸素の産生を高めてグリオーマ細胞の増殖を抑制する、4)細胞外の結合組織を分解する酵素の活性を阻害することによって非小細胞肺がんの転移と浸潤を抑制する、5)転写因子のNF-κBの活性を阻害することによって骨髄腫細胞の増殖を抑えアポトーシスを誘導する、6)がん細胞のDNAにダメージを与える、7)Wnt/beta-catenin経路を阻害して大腸がん細胞の増殖を抑制する、8)活性酸素の産生を高めて抗がん剤の感受性を高める、などが多彩な作用メカニズムが報告されています。
膵臓がん細胞に対しては、1)活性酸素の産生増加とミトコンドリアの傷害によってオンコーシス様の細胞死を誘導する、2)トポイソメラーゼIIα阻害作用や細胞内シグナル伝達系に作用してアポトーシスを誘導する、という報告があります。これらの論文を以下に紹介します。

○アルテスネイトは膵臓がん細胞を移植したマウスの実験モデルで腫瘍を縮小した。

Artesunate induces oncosis-like cell death in vitro and has antitumor activity against pancreatic cancer xenografts in vivo.(アルテスネイトは培養膵臓がん細胞にオンコーシス様の細胞死を誘導し、マウスに移植した膵臓がんに対して抗腫瘍活性を示す)Cancer Chemother Pharmacol. 65(5):895-902, 2010
【論文要旨】
膵臓がんは抗がん剤治療が効きにくく、診断後の5年生存率は5%以下という非常に難治性のがんである。膵臓がんの治療に有効な新薬の開発が緊急の課題となっている。この論文では、膵臓がんの培養細胞を使った実験(in vitro)とヌードマウスに移植した動物実験(in vivo)を行い、アルテミシニン誘導体のアルテスネイトが膵臓がん細胞に対して抗腫瘍効果を示すことを明らかにした。
アルテスネイトは培養した3種類のヒト膵臓がん細胞(Panc-1, BxPC-3, CFPAC-1)に対して細胞死を誘導した。これらの膵臓がん細胞に対する50%増殖抑制濃度(IC50)は、正常ヒト肝細胞(HL-7702)に対するIC50の2.3〜24分の1であった。
アルテスネイトで誘導される細胞死は、アポトーシス阻害剤では阻害されなかった。電子顕微鏡による形態学的検査では、アルテスネイトを投与されたがん細胞は、細胞質の腫脹と空胞化、ミトコンドリアと核の膨張と崩壊、細胞の破壊が観察された。これは、oncosisという壊死のタイプの細胞死の所見であった。
アルテスネイトを投与された膵臓がん細胞は、ミトコンドリアの膜電位が低下し、その細胞死は活性酸素消去物質のN-アセチルシステインで阻害された。
さらに、マウスに移植した膵臓がんの腫瘍をアルテスネイトの投与(25, 50, or 100 mg/kg/day, 腹腔内投与)によって縮小することができた。100mg/kgのアルテスネイトの抗腫瘍効果は同じ投与量のジェムシタビン(gemcitabine)とほぼ同じレベルであった。しかし、ジェムシタビン投与マウスは体重が平均25%減少し、副作用によって活動性が低下し、18日目には5匹中2匹が死亡した。一方、アルテスネイトは100mg/kgの投与でも、毒性はほとんど認められなかった。
以上の結果から、アルテスネイトはヒト膵臓がん細胞に対して、オンコーシス様の細胞死を誘導して、抗腫瘍効果を示すことが示された。膵臓がんの治療薬としてアルテスネイトは有望な候補となることが示唆された。

○アルテスネイトは膵臓がん細胞に、トポイソメラーゼIIα阻害作用や細胞内シグナル伝達系に作用してアポトーシスを誘導する

Gene expression profiling identifies novel key players involved in the cytotoxic effect of Artesunate on pancreatic cancer cells.(遺伝子発現プロフィルの検索は、膵臓がん細胞に対するアルテスネイトの細胞傷害作用に関与する新たな細胞因子を同定する)Biochem Pharmacol. 278(3):273-83. 2009
【論文要旨】
アルテスネイトは抗マラリア薬として広く使用されているが、最近の多くの研究によって、抗腫瘍効果を有することが明らかになっている。
しかし、膵臓がんに対するアルテスネイトの有効性や作用メカニズムに関しては十分に検討されていない。
本研究では、MiaPaCa-2 (低分化型) とBxPC-3 (中分化型)の 2種類のヒト膵臓がん細胞株を用い、細胞培養の実験で、アルテスネイトの抗腫瘍作用とそのメカニズムを検討した。
アルテスネイトは、膵臓がん細胞の特定の遺伝子群の発現に影響を及ぼすことが示された。
さらに、アルテスネイトはトポイソメラーゼIIα活性を阻害し、多くの細胞内シグナル伝達系に作用して、膵臓がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導する作用を認めた。


アルテスネイトでがん細胞に誘導される細胞死は、アポトーシスという報告と壊死オンコーシスという報告があります。この違いはがん細胞の種類や、アルテスネイトの投与量などが関連していると考えられます。
アルテスネイトはがん細胞内に多く蓄積している鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させます。フリーラジカルによる細胞内小器官や膜の破壊によって起こる細胞死は、そのダメージが軽度の場合はアポトーシスが誘導され、ダメージが強い場合は壊死に近い細胞死を引き起こされると考えられます。

アルテスネイトの抗腫瘍効果の作用メカニズムは多彩です。がん細胞に酸化ストレスを高める以外に、血管新生阻害作用、DNAトポイソメラーゼIIα阻害作用、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達系に影響する作用などが報告されています。
さらに、抗腫瘍作用を示す投与量で、正常細胞に対する毒性が低く、副作用がほとんど無いという特徴を持っています。
アルテスネイトは昔からマラリアの治療に使われていた生薬の成分で、その安全性や副作用が軽度であることが確かめられています。
アルテスネイトの抗腫瘍効果の作用機序から、嫌気性解糖系を阻害する半枝蓮(はんしれん)を使った漢方薬、がん細胞のミトコンドリアでの活性酸素の産生量を高めるジクロロ醋酸ナトリウムなどと併用すると、さらに抗腫瘍効果を高めることができます。
この3つの組み合わせは、膵臓がん細胞に選択的に酸化ストレスを高めて、がん細胞を死滅させる方法です。
アルテスネイト、ジクロロ醋酸ナトリウム、半枝蓮の漢方薬の3種類の組み合わせは1ヶ月分が6万円程度ですが、膵臓がんの治療に試してみる価値があります。
(詳しくはこちらへ

【Artesunate(アルテスネイト)製剤の使い方 】

ポイント:

1:Artesunateは鉄イオンと反応してフリーラジカルを発生して殺細胞作用を示す。
2:がん細胞は鉄の取り込みが高いのでArtesunateによる殺細胞作用を受けやすい。
3:フリーラジカルが細胞障害のメカニズムであるから、抗酸化剤との同時服用は避ける。(抗酸化剤の服用は4時間以上間を空ける)
4:Artesunateを投与する4時間以上前に鉄剤を服用すると抗腫瘍効果を高めることができる。ただし、同時に服用すると胃の中でArtesunateと鉄が反応してしまうので効果が無くなる。
5:ビタミンCは鉄の吸収を良くして、正常組織の酸化障害を回復するので、鉄を服用する時間帯にビタミンCを同時に服用すると効果的。
6:内服後、Artesunateは速やかに吸収されて45分から90分で最高濃度に達する。肝臓で加水分解されて、dihydroartemisininになり、これも抗腫瘍効果がある。血中からの半減期は5〜8時間。

使い方 :

1)アルテスネイト(50mg)1〜2錠を夜10時ころ服用する。

鉄分やビタミンCの豊富な食事をした場合には4時間くらい空ける。
体重1kg当たり1〜2mgが目安。
空腹時に服用して胃が荒れる場合は、牛乳と一緒に服用するのが良い。

2)昼食後に鉄剤(フェロミア, 50mg)を1錠服用して、がん細胞に鉄を取り込ませると抗腫瘍効果が高まる。

同時にビタミンCの豊富なジュースを飲むか、ビタミンCのサプリメントを服用すると鉄の吸収が良くなる。

副作用 :

治療に使う量では副作用は極めて少ないが、以下の症状が現れることがある。
1: 発疹、皮膚掻痒
2: 発熱 :Artesunateによるがん細胞の細胞死の結果として起こる。発熱は効果が出ているサインと考えられるので、様子をみるのみで処置は特に必要ない。
3:その他、稀に、血液の異常(網状赤血球の減少など)や肝機能の障害(トランスアミナーゼの上昇)が現れることがある。量が増えると下痢や腹痛が起こることがある。

その他 :

1:アルテスネイトは光感受性であるから暗所に保存する。
注射の場合は、薬剤を調整するときに光りに長時間当てないこと。
2:放射線と喫煙は正常細胞のトランスフェリンレセプターの量を増やして鉄イオンの取り込みを増加して正常細胞の障害を引き起こして副作用の原因となる可能性がある。
3:進行の早い癌は細胞表面のトランスフェリンレセプターの量が多いので、アルテスネイトの効果が現れやすい。
4:併用を禁止すべき薬剤の報告はない。

漢方薬との併用 :

嫌気性解糖系を阻害する半枝蓮や、TCA回路を活性化して癌細胞の酸化ストレスを高めるジクロロ酢酸ナトリウムを併用すると、Artesunateの抗腫瘍効果を高めることができる。(詳しくはこちらへ

抗癌剤との併用 :

Artesunateには、抗がん剤に耐性になったがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果があることが報告されている。抗がん剤治療にArtesunateを併用すると、抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることができる。

 
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