東京銀座クリニック
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●がん細胞におけるエネルギー産生の特徴を利用したがん治療
がん細胞のエネルギー産生を阻害し、酸化ストレスを増大してアポトーシスを誘導させる方法

【がん細胞の増殖を抑えるターゲットはいくつもある】

抗がん剤は、がん細胞が増殖するために必要なシグナル伝達物質や細胞構成成分の働きを阻害することによって、その効果を発揮します。抗がん剤がターゲットにしているシグナル伝達物質や細胞成分には、以下のように様々なものがあります。
1)細胞増殖因子やその受容体、細胞内の増殖シグナルに関与する物質など、がん細胞の増殖を促進するシグナル伝達系を阻害する。
2)細胞増殖に必要な物質(核酸や蛋白質)の合成を阻害する。
3)細胞分裂の過程を阻害する。
4)がん細胞の細胞死(アポトーシス)を妨げている原因を取り除く、あるいはアポトーシスを誘導する。
5)がん細胞を養う血管の形成を阻害する。
6)細胞分化を誘導する(がん細胞をより正常細胞に近づける)
7)がん細胞のエネルギー産生を阻害する。

ここでは、
がん細胞のエネルギー産生の特徴を利用したがん治療法について紹介します。

【ミトコンドリアの異常が細胞のがん化に関与している】

細胞のがん化はDNA(=遺伝子)の変異によって起こる」というのが一般的な考え方です。すなわち、活性酸素や発がん物質によってDNAに変異が蓄積し、正常細胞の増殖や分化や死を制御している遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)に異常が起こることによって、自律増殖や転移といった悪性腫瘍の性質を獲得して、がん細胞になると考えられています。しかし、がん細胞の発生は、遺伝子の異常だけで起こっているわけではありません。例えば、ミトコンドリアの異常が細胞のがん化に重要な役割を果たしていることが多くの研究で明らかになっています。
ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官です。細胞内の数は細胞の種類によって異なりますが、多くの細胞は数百個〜数千個のミトコンドリアを持っています。2重の膜からなる構造で、内側にある内膜は多くのひだがあり、内側に向かって入り込んだ部分をクリステと言います。
内膜上に
電子伝達系ATP合成にかかわる酵素群などが一定の配置で並んでいます。マトリックスには、TCA回路(クレブス回路)に関わる酵素やミトコンドリア独自のDNAなどが含まれています。
がん細胞では、ミトコンドリアの形態や機能に様々な異常が報告されています。そして、がん細胞のミトコンドリアが正常に働くとがん細胞としての性質(増殖や転移する性質)が抑制されることが知られています。
例えば、核を抜き出した正常細胞とがん細胞を細胞融合させると、がん細胞は腫瘍組織を作る能力が無くなることが報告されています(下図)。すなわち、
がん細胞に移入された正常細胞のミトコンドリアが、がん細胞の悪性の性質(腫瘍組織を作る能力)を抑制することができるということです。これは、遺伝子異常だけではがん細胞の発生は説明できず、ミトコンドリアが何らかの関与をしていることを示唆しています。
ミトコンドリアでの酸素呼吸は細胞の分化(細胞の構造や機能が特殊化していくこと)に必要であり、酸素呼吸が行われないと、嫌気性解糖系の活性化、脱分化、無制限の増殖が起こるという考えもあります。これは、
ミトコンドリアでのエネルギー産生の障害が長く続くことが発がん過程において重要なステップになるという考えです。ミトコンドリアの異常が、発がんのメカニズムにどのように関与するのか、不明な点が多く残されていますが、いろんな仮説や理論が提唱されています。
図:核を抜きとった正常細胞の細胞質をがん細胞に細胞融合させると、がん細胞の悪性の性質が無くなる。これは、正常細胞のミトコンドリアががん細胞の悪性形質を抑制するためと考えられている。
【がん細胞のエネルギー産生の特徴:ワールブルグ効果とは】

約80年以上も前(1926年)に、オットー・ワールブルグ(Otto Warburg)博士は、がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることを発見しました。これをワールブルグ効果と言います。
ワールブルグ博士は呼吸酵素(チトクローム)の発見で1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。細胞生物学や生化学の領域で、重大な基礎的発見を次々に成し遂げ、呼吸酵素以外の研究でも何回もノーベル賞候補になった偉大な科学者です。そのワールブルグ博士が最も力を注いだのががん細胞のエネルギー代謝の研究です。がん細胞の異常な増殖を解明するためには、エネルギー生成の反応系を研究しなければならないということから、呼吸酵素を発見しています。
そして、1)
がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っていること、2)がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できること、さらに、3)がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法(嫌気性解糖系)でエネルギーを産生していることを見つけています。
図:細胞は血中のグルコース(ブドウ糖)を取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系における酸化的リン酸化系を経て、エネルギー(ATP)を産生している。オットー・ワールブルグ博士は、がん細胞では酸素が十分に利用できる場合でも嫌気性解糖系でのエネルギー産生が主体であることを発見した。
しかし、がん細胞における嫌気性解糖系の亢進(ワールブルグ効果)はがんの原因ではなく、酸素欠乏状態にある結果として仕方なくそうなるのだという意見が主流で、最近まであまり重視されていませんでした。ところが最近、このワールブルグ効果は単なる酸素欠乏の結果ではなく、がん発生のメカニズムにおいて重要な現象であると認識されるようになりました。
この、ワールブルグ効果を理解するために、がん細胞のエネルギー産生の特徴を次に説明します。

【がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系に依存している】

細胞を働かせる元になるエネルギーは、栄養として食事から取り入れたグルコース(ブドウ糖)を分解してATPを作り出すことによって得ています。
ATPアデノシン3リン酸(Adenosine Triphosphate)の略語で、エネルギーを蓄え供給する分子として「生体エネルギーの通貨」としての役割を持っています。
ヒトの血液100ml中にはおよそ80〜100mgのブドウ糖が存在します。ブドウ糖は血液中から細胞に取り込まれ、1)
解糖(glycolysis)、2)TCA回路(クエン酸回路やクレブス回路と呼ばれる)、3)電子伝達系における酸化的リン酸化をへて、二酸化炭素と水に分解され、エネルギー(ATP)が取り出されます。
図:細胞は血中のグルコース(ブドウ糖)を取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系における酸化的リン酸化系を経て、エネルギー(ATP)を産生している。酸素(O2)が十分に利用できる場合はミトコンドリアで効率的なエネルギー産生が行われ、酸素が不足すると嫌気性解糖系が進んで乳酸が蓄積する。がん細胞では、酸素が十分に利用できる場合でも嫌気性解糖系でのエネルギー産生が主体で、ミトコンドリアの活性が低下しているという特徴がある。
解糖(かいとう)はグルコースがピルビン酸になる過程で、この酵素反応は細胞質で行われます。ピルビン酸は酸素の供給がある状態ではミトコンドリア内に取り込まれて、ピルビン酸脱水素酵素の作用でアセチルCoAに変換され、TCA回路電子伝達系によってさらにATPの産生が行われます。TCA回路で生成されたNADHやFADH2は、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成します。このようにTCA回路で産生されたNADHやFADH2の持っている高エネルギー電子をATPに変換する一連の過程を酸化的リン酸化と呼び、これの酵素反応をおこなうシステムを電子伝達系と呼びます。こうしてつくられたATPはミトコンドリアから細胞質へ出て行き、そこで細胞の活動に使われます。
ミトコンドリアにおけるTCA回路は、酸素呼吸をする生物全般に存在するエネルギー産生のための生化学反応で、1937年にドイツの化学者
ハンス・クレブス博士が発見し、この功績によって1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。クレブス博士は一時期ワールブルグ博士の研究助手として働いており、ワールブルグ博士の伝記を書いています(日本語訳は1982年に岩波書店から出版)。
酸素の供給が十分でない場合は、ピルビン酸は細胞質で
乳酸脱水素酵素(LDH)の作用で乳酸に変換されます。この生化学反応を嫌気性解糖(aerobic glycolysis)と言います。運動をして筋肉細胞に乳酸が貯まるのは、酸素の供給が不足して嫌気性解糖が進むからです。
酸素が十分にある状態では、ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産が行われ、1分子のグルコースから36分子のATPが作られます。一方、嫌気性解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPしか作れません。
がん細胞は酸素が少ないところでも増殖できるように嫌気性解糖系が活性化されています。そして、酸素が豊富な状態でも、がん細胞は嫌気性解糖系でエネルギーを産生しているのが特徴です。
がん細胞では、低酸素と遺伝子変異によって、ピルビン酸から乳酸に代謝する乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase )の発現が高まり、ピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase)の活性を低下させることによって嫌気性解糖系を活性化していることが報告されています。
さらに、がん遺伝子のc-Mycと低酸素状態で発現するHypoxia-inducible factor 1(HIF-1)は、がん細胞における乳酸脱水素酵素の産生を高めることが報告されています。

【がん細胞はミトコンドリアの働きを抑制している】

ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、一つの細胞に数百から数千個存在します。ミトコンドリアにはTCA回路(クレブス回路)に関わる酵素や、電子伝達系やATP合成にかかわる酵素群などが存在し、細胞内のエネルギー産生工場のような役割をもっています。また、細胞死(アポトーシス)の実行過程においても重要な役割を果たしています
がん細胞は無限に増殖する能力を獲得した細胞です。早く増殖するためには、より効率的なエネルギー産生を行った方が良いように思います。グルコースを大量に消費するのに、なぜ効率的なエネルギー産生系であるミトコンドリアの酸化的リン酸化を使わずに、非効率的な嫌気性解糖系を使うのか、長い間の謎でした。ミトコンドリアで効率的にエネルギー産生を行う方が、細胞の増殖にもメリットがあると考えられるからです。その答えの一つが、「
がん細胞は死ににくくなるために、ミトコンドリアの活性を抑制する」という考えです。増殖速度を早めるよりも、死ににくくする方ががん細胞が生き残っていくためにはメリットがあるというわけです。
がんの検査法で
PET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)というのがあります。これはフッ素の同位体で標識したグルコース(18F-fluorodeoxy glucose:フルオロデオキシグルコース)を注射して、この薬剤ががん組織に集まるところを画像化することで、がんの有無や位置を調べる検査法です。正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取り込みが非常に高いがん細胞の特性を利用した検査法です。
がん細胞がグルコースを多く取り込むことは古くから知られています。がん細胞は盛んに分裂するので、正常な細胞に比べてエネルギーが多く必要であるため、グルコースをより多く消費する必要があることは容易に推測されます。しかし、最も重要な理由は、がん細胞は酸素を使わない非効率的な方法(嫌気性解糖系)でグルコースからエネルギーを産生していることです。正常な細胞はミトコンドリアで酸素を使った酸化的リン酸化という方法でエネルギーを産生しています。1分子のグルコースから、酸化的リン酸化では36分子のATPを産生できるのに、嫌気性解糖系では2分子のATPしか産生できません。したがって、嫌気性解糖系でのエネルギー産生に依存しているがん細胞ではより多くのグルコースが必要となっているのです。

細胞分裂しない神経や筋肉細胞を除いて、正常の細胞は古くなったり傷ついたりすると
アポトーシスというメカニズムで死にます。このアポトーシスを実行するときに、ミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化に関与する物質が重要な役割を果たしています。
つまり、
がん細胞ではアポトーシスを起こりにくくするために、あえてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑え、必要なエネルギーを細胞質における解糖系に依存しているという様に解釈できるのです。
がん細胞におけるミトコンドリアの機能抑制は不可逆的なものではなく、機能を可逆的に正常に戻すことができるという研究結果が報告されています。そして、
がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。

【ミトコンドリアを活性化するとがん細胞は死滅する】

ミトコンドリアの電子伝達系でエネルギー(ATP)が産生される過程で多量の活性酸素が発生します。
すなわち、呼吸で体内に取り込まれた酸素の約2〜 3% は電子伝達系でのエネルギー代謝時に還元され
スーパーオキシドアニオン(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)および一重項酸素1O2)などの活性酸素に変わると言われています。ミトコンドリアは細胞内における活性酸素の主要な発生源になっています。
ミトコンドリアから発生する活性酸素は、
CoQ10ビタミンEビタミンCなどの抗酸化物質や、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)カタラーゼといった抗酸化酵素によって消去され、活性酸素による障害が起きないようにする防御機構が細胞には備わっています。しかし、これらの抗酸化力が十分でないと、活性酸素によって細胞内のDNAや蛋白質や脂質が酸化されて、細胞の障害や遺伝子変異が起こります。
がん細胞はミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応が低下していますので、活性酸素の産生が少なく、したがって、細胞に備わった抗酸化力(抗酸化物質や抗酸化酵素の量)は低下しています。
したがって、
TCA回路を活性化して、ミトコンドリアでの酸素消費を増やすと、活性酸素の産生量が増え、酸化ストレスが増大して、がん細胞にダメージを与え、死滅させることができます

【嫌気性解糖系を阻害するとがん細胞が死滅する】

前述のごとく、がん細胞のエネルギー産生の特徴として、1)がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っている(嫌気性解糖系が亢進している)、2)がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できる(がんは低酸素の所に発生する!)、3)がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法でエネルギーを産生している(ミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応の低下)ことを80年ほど前にオットー・ワールブルグ博士が発見し、ワールブルク効果と呼ばれるようになりました。ワールブルグ博士の言葉では、「がんとは嫌気的な生き物」ということです。
乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase: LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素です。
乳酸脱水素酵素を阻害すると、嫌気性解糖系でのエネルギー産生が低下し、がん細胞の酸化的ストレスが増大し、腫瘍の増大が抑えられることが最近の米国科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)に報告されています。この雑誌は、生物化学・医学の分野ではサイエンスやネイチャーとならぶトップクラスの学術誌です。以下に要旨の訳を紹介します。

Inhibition of lactate dehydrogenase A induces oxidative stress and inhibits tumor progression (乳酸脱水素酵素Aの阻害は酸化ストレスを増大し、腫瘍の進展を阻害する)PNAS 107(5):2037-2042, 2010
【要旨】
がん細胞における遺伝子変異と腫瘍組織の低酸素によって、
がん細胞の多くはグルコースを大量に取り込み乳酸の産生量が高まっている。この反応はグルコースから解糖系酵素で産生されたピルビン酸から乳酸を作る乳酸脱水素酵素Aの作用によって行われるが、この乳酸脱水素酵素Aはがん遺伝子のc-Mycと低酸素に反応して発現するhypoxia-inducible factor 1(HIF-1:低酸素誘導性因子)によって発現が誘導される。(つまり、がん細胞が低酸素になると乳酸脱水素酵素Aの活性が高くなって、嫌気性解糖系が亢進することになる)
これまでの研究によって、
乳酸脱水素酵素Aの発現亢進ががんの発生に重要な役割を果たすことが明らかになっているが、がんの維持や進展における乳酸脱水素酵素Aの関与や、乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると発がんやがんの進展が抑えられるのかどうかなど不明な点も多い。
この研究では、
乳酸脱水素酵素Aの発現と活性を阻害すると、細胞内ATP量が減少し、酸化的ストレスが増大し、細胞死が誘導されることが示された。この効果は抗酸化剤のN-アセチルシステインによって部分的に阻害された。
がんを移植したマウスに乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害する物質(FA11)を投与すると、移植したヒト悪性リンパ腫や膵臓がんの増殖が抑制された。
以上の結果から、
乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると、がん細胞を死滅させることができることが明らかになった。

さらに、タキソールに抵抗性のがん細胞に、乳酸脱水素酵素Aを阻害する薬を投与するとタキソールに感受性になる(抵抗性が減弱する)ことが報告されています

Warburg efefct in chemosensitivity: Targeting lactate dehydrogenase-A re-sensitizes Taxol-resistant cancer cells to Taxol.(抗がん剤感受性におけるワールブルグ効果:乳酸脱水素酵素Aを阻害するとタキソール抵抗性のがん細胞をタキソールに感受性にできる)Molecular Cancer 9:33, 2010 
http://www.molecular-cancer.com/content/9/1/33

【要旨】
背景:タキソールは乳がんの治療に有効な抗がん剤の一つである。投与初期にはその抗腫瘍効果が著明であるが、多くの場合、がん細胞はタキソールに抵抗性を獲得してくる。乳酸脱水素酵素Aは乳酸脱水素酵素のアイソフォームの一つで乳腺組織に多く発現している。この酵素はグルコースの嫌気性解糖系においてピルビン酸から乳酸を作るときに働く。この研究では、乳がん細胞におけるタキソール抵抗性の獲得における乳酸脱水素酵素Aの役割を検討した。
結果:ヒト乳がん細胞株のMDA-MB-435から、高濃度のタキソール存在下で増殖するタキソール抵抗性のサブクローンを得た。このタキソール抵抗性の乳がん細胞株は、もとのMDA-MB-435と比べて、乳酸脱水素酵素の量と活性が高くなっていた。タキソール抵抗性の乳がん細胞に乳酸脱水素酵素Aの阻害剤のoxamate(オキサミン酸:ピルビン酸と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する)を投与すると、タキソールに対する抵抗性が減弱し、オキサミン酸とタキソールを併用すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞のアポトーシスが相乗的に増強した。
結論:
乳酸脱水素酵素Aは乳がん細胞のタキソール抵抗性の獲得に重要な働きを行っている。乳酸脱水素酵素Aを阻害すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞をタキソール感受性に変えることができる
つまり、ワールブルグ効果がタキソール抵抗性の原因の一つになっていることをこの研究結果は示しており、
乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害することはタキソールの感受性を高める上で有効な方法である。

がん細胞のタキソールに抵抗性を示すためには、タキソールを排出する細胞のポンプ作用亢進が関与していますが、それには多くのエネルギーが必要です。がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系で産生しており、その生化学反応を行うのが乳酸脱水素酵素です。この乳酸脱水素酵素を阻害すれば、がん細胞はエネルギー産生が低下し、タキソールを細胞外に排出することができなくなるので、タキソールに感受性になると考えられています
(オキサミン酸はピルビン産と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する実験に使用しますが、人間では安全性が確かめられていませんので、使用されていません。)

以上の2つの論文は、2010年に発表された論文です。すなわち、がん治療における最近の動向として、ワールブルグ効果をターゲットにした治療法に対する関心が高くなっていることを示唆しています。
嫌気性解糖系を阻害する生薬として
半枝蓮(はんしれん)が知られています。漢方治療もワールブルグ効果を利用したがん治療に役立つ可能性があります。(後述)

図:乳酸脱水素酵素(LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素。
がん細胞のLDHを阻害すると、エネルギー産生が低下し、死にやすくなり、抗がん剤感受性が高くなることが報告されている。
【脂肪酸合成を阻害するとがん細胞は死滅する】

がん細胞では脂肪酸の新規合成が盛んです脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase: FASN)をはじめ、幾つかの脂質代謝酵素ががんの発生や悪性化を促進することがすでに知られており、これらががん治療の新たな標的分子となる可能性が期待されています。特にATP クエン酸リアーゼの阻害が、がん治療に有効という報告があります。
クエン酸からアセチルCoAに変換する酵素がアデノシン3リン酸クエン酸リアーゼ(ATP:citrate oxaloacetate lyase, EC 4.1.3.8)です。
食事から摂取したグルコース(ブドウ糖)は、解糖系を経てミトコンドリアのクエン酸サイクル(TCA回路)によりエネルギーに変換されます。生成したエネルギーは体が必要とするエネルギーとして利用され消費されますが、その消費量が少ない場合には、グルコースはクエン酸に変換された後、ミトコンドリアを出て脂肪合成の場である細胞質へ移行し、アセチルCoAを経由して脂肪酸そして脂肪、あるいは、コレステロールに変換され、体内に蓄積されます(図)。
糖分を摂取し過ぎると肥満になり易い理由は、ブドウ糖がTCA回路でクエン酸になって、これがATPクセン酸リアーゼで脂肪酸に変換されるからです。がん細胞が分裂して細胞を増やすためには脂肪の合成は必要です。したがって、ATPクエン酸リアーゼの活性ががん細胞で上がっているのは当然のことかもしれません。
アセチルCoAはミトコンドリアを通過できないのですがクエン酸は通過できます。TCAサイクルでできたクエン酸がミトコンドリアの外に出て、ATPクエン酸リアーゼによって脂肪の合成に消費されると、さらにTCAサイクルは回らなくなり、ミトコンドリアでの酸素呼吸は低下することになります。
したがって、ATPクエン酸リアーゼを阻害することは、脂肪の合成を阻害して細胞増殖を抑える作用があると同時に、ミトコンドリアでのTCAサイクルでのエネルギー産生を高め、がん細胞を死にやすくする効果があるのです
ATPクエン酸リアーゼの阻害剤として、
ガルシニア・カンボジアに含まれる(-)-ヒドロキシクエン酸があります。(後述)

図:がん細胞では嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでのTCA回路(クエン酸回路)が低下している。さらにTCA回路で作られるクエン酸から脂肪酸合成の経路が亢進しているので、さらにTCA回路は回らなくなっている。クエン酸から脂肪合成を行う最初のステップに働く酵素がATPクエン酸リアーゼ。このATPクエン酸リアーゼを阻害すると、脂肪の合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑えることができる。
がん細胞に選択的にエネルギーを枯渇させ、酸化ストレスを増大してがん細胞を死滅させる治療法

以上の事実から、がん細胞の嫌気性解糖系を阻害し、TCA回路を活性化し、脂肪酸合成の最初のステップであるATPクエン酸リアーゼを阻害すると、がん細胞はエネルギー産生が低下し、ミトコンドリアでの酸素呼吸が増加して活性酸素の産生が増えて酸化ストレスが増大して、がん細胞を死滅させることができます。さらに、がん細胞の選択的に酸化ストレスを与えるアルテスネイトを併用すると、抗がん作用が増強されます。
以下の組み合わせは、がん細胞に選択的にエネルギー産生を枯渇させ、酸化ストレスを増大させ、がん細胞を死滅させます。抗がん剤感受性を高めるので、抗がん剤治療との併用で抗腫瘍作用を増強します。

1) 嫌気性解糖系の阻害半枝蓮(煎じ薬の漢方薬)
2)
ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めてミトコンドリアにおけるTCA回路を活性化するジクロロ酢酸ナトリウム(+ビタミンB1)、αリポ酸
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(ピルビン酸脱水素酵素を不活性する酵素)を阻害してピルビン酸脱水素酵素を活性します。αリポ酸はピルビン酸脱水素酵素の活性に必要な補酵素です。
3)
低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害するミルクシスルおよびその活性成分のシリマリン
4)
がん細胞の活性酸素の産生を高めて酸化ストレスを増大するアルテミシニン誘導体(アルテスネイトなど)
がん細胞では正常細胞に比べて細胞内の鉄の量が増えているという特徴があります。特に、低酸素の状態で発現が誘導されるhypoxia-inducible factor-1 alpha(低酸素誘導性因子1α)という転写因子はトランスフェリンレセプターの発現を高めて、低酸素のがん細胞内に鉄が蓄積しやすくなります。鉄と反応して活性酸素を発生しがん細胞の選択的な毒性を示す薬物としてアルテミシニン誘導体(アルテスネイトなど)が知られています。
5)
ATPクエン酸リアーゼを阻害してクエン酸から脂肪合成の経路を抑えるガルシニアカンボジア、(-)ヒドロキシクエン酸
6) 酸化的リン酸化を促進するカフェイン(コーヒー、お茶)

それぞれの医薬品やサプリメントについて以下に解説します。

(1)半枝蓮はがん細胞の嫌気性解糖系を阻害してアポトーシスを誘導する】

がん細胞のエネルギー産生は細胞質における嫌気性解糖に依存しているため、解糖系酵素を阻害する薬はがん細胞をエネルギー枯渇に陥らせて殺す作用が期待できます。
がんの漢方治療で使用される
半枝蓮(ハンシレン)は、解糖系酵素を阻害することが報告されています。半枝蓮はがんの漢方治療で頻用されている抗がん生薬の代表です。
この半枝蓮の熱水抽出エキスはBZL101(FDA IND# 59,521)という治験薬名で米国食品医薬品局(FDA)に登録されて、進行乳がん患者を対象に、半枝蓮の抽出エキスの効果を検討する臨床試験が米国で行われています。
その途中経過が最近報告されています。この研究では、抗がん剤抵抗性で転移のあるステージ4の進行乳がん患者を対象に半枝蓮抽出エキス(BZL101)を検討しています。効果を評価できた14人中3人(21%)は120日を超えて病態安定(stable disease)で、このうち一人は700日を超えて病態安定が続いています。3人の患者は客観的な腫瘍の縮小(objective tumor regression)がみられました。(Breast Cancer Res Treat. 120:111-118, 2010)
半枝蓮の抗腫瘍作用のメカニズムとして、がん細胞の嫌気性解糖系を阻害してがん細胞にアポトーシスを誘導することが報告されています。

Molecular mechanisms underlying selective cytotoxic activity of BZL101, an extract of Scutellaria barbata, towards breast cancer cells.(乳がん細胞に対する半枝蓮抽出エキスBZL101の選択的細胞毒性活性の分子メカニズム)Cancer Biol Ther. 7(4) :577-586, 2008
【論文の抜粋】
BZL101は米国食品医薬品局(FDA)に登録されている治験薬としての名称で、半枝蓮の熱水抽出エキス。
BZL101は乳がん細胞を殺すが正常の乳腺細胞には傷害作用を示さない特徴を持っている。
正常細胞は、エネルギー産生に主にクエン酸回路(クレブス回路)を用いるが、がん細胞はこれとは異なり、嫌気性解糖系を経て生産されるエネルギーに多くを依存している。
培養したがん細胞にBZL101を添加すると、培養液中に蓄積する(がん細胞か産生される)乳酸の量が減少し、ATPが枯渇する。半枝蓮ががん細胞の嫌気性解糖系を阻害してエネルギー産生を低下させ、がん細胞を死滅させる効果が示唆された。

七葉一枝花竜葵のような抗がん生薬も、ミトコンドリアを介したアポトーシスを誘導する作用が報告されています。このような抗がん生薬を組み合わせた漢方薬は、がん細胞を死滅させる効果が期待できます。
(半枝蓮の抗がん作用の詳細についてはこちらへ)

(2)ジクロロ酢酸ナトリウムはピリビン酸脱水素酵素を活性化してミトコンドリアの働きを高める

がん細胞におけるミトコンドリアの機能抑制は不可逆的なものではなく、機能を可逆的に正常に戻すことができるという研究結果が報告されています。
そして、
がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、ミトコンドリア内で発生する活性酸素やチトクロームCなどのアポトーシス誘導物質の働きが正常化して、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。
がん細胞のおけるミトコンドリアでのエネルギー産生を活性化する薬として
ジクロロ酢酸ナトリウムが有効であることが報告されています。
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素の活性を抑制するピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高め、ミトコンドリアの機能を活性化する作用があるため、ミトコンドリアの異常による代謝性疾患、乳酸アシドーシス、心臓や脳の虚血性疾患の治療などに、医薬品として古くから使用されています。
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素を活性化して、TCA回路に移行するアセチルCoAの量を増やし、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を促進し、活性酸素を発生させてがん細胞を殺すことができます。
つまり、
ジクロロ酢酸ナトリウムでミトコンドリアを活性化すれば、がん細胞が死にやすくなるということが明らかになったのです。ジクロロ酢酸ナトリウムの併用によって抗がん剤が効きやすくなると報告されています。
動物実験では、ジクロロ酢酸ナトリウム単独で腫瘍の著明な縮小が観察されています。カナダで行われている臨床試験でも、人間のがんに対する有効性が報告されています。しかし人間の腫瘍の場合は、ジクロロ酢酸ナトリウム単独では、腫瘍を縮小させる効果には限界があるようです。
がん細胞を殺す作用をもった医薬品(抗がん剤など)と併用すると、がん細胞のアポトーシス感受性を高めるジクロロ酢酸ナトリウムの効果によって、腫瘍の縮小効果が高まることが報告されています。
抗がん剤以外の副作用が少ない方法(半枝連、αリポ酸、アルテスネイトなど)でも、組み合わせることによって相乗効果で抗腫瘍効果を高めることができます。

ジクロロ酢酸ナトリウム(sodium dichloroacetate)は酢酸(CH3COOH)のメチル基(CH3)2つの水素原子が塩素原子(Cl)に置き換わったジクロロ酢酸(CHCl2COOH)のナトリウム塩です。構造式はCHCl2COONaになります。
がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることが知られています。がん細胞のミトコンドリアをジクロロ酢酸ナトリウム(DCA)で活性化することによって、がん細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導できる可能性が報告されています。

3)アルファリポ酸はピルビン酸脱水素酵素の補酵素

アルファリポ酸(α-lipoic acid、別名:チオクト酸)は、多数の酵素の補助因子として欠かせない体内成分です。特に、TCA回路(クエン酸回路)のピルビン酸脱水素酵素複合体の補助因子として、ミトコンドリアでのエネルギー産生に重要な役割を果たしています。
アルファリポ酸はTCAサイクルのアルファケトグルタル酸脱水素酵素複合体も活性化します。
このようにTCA回路の酵素を活性化して、がん細胞のミトコンドリアの酸化的リン酸化を高め、がん細胞を死にやすくする効果があります。
さらに、アルファリポ酸は細胞周期において増殖を促進する蛋白質の活性や量を低下させます。アポトーシスを阻害する因子(bcl-2)の発現を抑え、アポトーシスを促進する因子(bax)の発現を高め、アポトーシスを実行するチトクロームCやAIF(apoptosis inducing factor)のミトコンドリアから核への移行を促進します。これらの複数の機序によって、がん細胞の増殖を止め、アポトーシス(細胞死)を起こりやすくします。
アルファリポ酸は強い抗酸化作用を持っています。正常細胞に対しては、酸化ストレスを軽減して細胞のダメージを軽減し、がん細胞に対してはミトコンドリアの働きを活性化してアポトーシスを起こしやすくする2面的な効果があります。
(アルファリポ酸の詳細はこちらへ

活性酸素を消去するαリポ酸の抗酸化作用は、正常細胞に対して酸化ストレスを低下させ、細胞の酸化障害を軽減する作用を示す。
しかし一方、がん細胞に対しては、がん細胞で低下しているピルビン酸脱水素酵素の活性を高め、TCA回路と酸化的リン酸化による活性酸素の産生が高めることによって酸化ストレスを増加させて、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導する。


4)低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性を阻害するシリマリン

低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1; HIF-1)は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。αとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現していますが、HIF-1αは酸素が十分に存在するときにはユビチン化して26Sプロテアソームで分解されて活性がなくなります。低酸素になるとHIF-1αは安定化し、核に以降し、遺伝子の低酸素反応エレメント(hypoxia response element)に結合し、遺伝子の発現を誘導します。
HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています。
HIF-1はがん細胞の増殖や転移・浸潤や悪性化進展において鍵になる100以上の遺伝子の発現を調節しており、この中には、血管新生、エネルギー代謝、細胞増殖、浸潤、転移などに関与する多くの遺伝子が含まれています。
腫瘍血管の新生は低酸素で誘導され、また増殖因子は血管新生を促進します。HIF-1は血管新生にかかわる40以上の遺伝子の発現を誘導し,血管新生促進因子の産生スイッチを入れるマスタースイッチと言え、HIF-1の働きを阻害すれば、血管新生を阻害してがん細胞の増殖を抑えることができます。
HIF-1は低酸素だけでなく、がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-33キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されます。すなわち、増殖因子が受容体に結合してRasが活性化されるとPI-3キナーゼ、AKT、mTORの活性化を介してHIF-1は活性化されます。
キク科の
マリアアザミ(ミルクシスル)に含まれるシリマリンには、グルコ−スの取り込みの阻害作用、HIF活性の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序でがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されています。以下のような報告があります。

Silibinin inhibits hypoxia-inducible factor-1alpha and mTOR/p70S6K/4E-BP1 signalling pathway in human cervical and hepatoma cancer cells: implications for anticancer therapy.
(シリビニンはヒトの子宮頸がん細胞と肝臓がん細胞において、低酸素誘導因子-1とmTOR/p70S6K/4E-BP1シグナル伝達系を阻害する:抗がん治療への応用)
Oncogene 28(3):313-324, 2009

この論文では、ヒト子宮頸がん細胞(HeLa細胞)と肝臓がん細胞(Hep3B)を使った実験で、シリビニンがHIF-1の産生量を減らし、HIF-1の転写活性を阻害することを報告し、新しい抗がん剤として利用できる可能性を示唆しています。

Silybin and dehydrosilybin decrease glucose uptake by inhibiting GLUT proteins.(シリビンとデヒドロシリビンはGLUT蛋白を阻害してグルコースの取り込みを減少させる)J Cell Biochem. 112(3):849-59.2011

GLUTというのはglucose transporter(糖輸送担体)の略で、グルコース(ブドウ糖)の細胞内の取り込みを行うタンパク質です。グルコースはそのままでは細胞膜を通過できないため、特別な膜輸送蛋白質の働きによって細胞膜を通過します。このグルコースを輸送するタンパク質がGLUTです。
この論文では、ミルクシスルに含まれるシリマリンの一種のシリビン(Silybin)とその誘導体のデヒドロシリビン(dehydrosilybin)が、細胞におけるグルコースと取り込みを低下させるという実験結果を報告しています。ベースの取り込みだけでなく、インスリンの作用で増加するグルコースの取り込みも阻害し、インスリンの作用やシグナル伝達には影響せず、GLUT蛋白に直接作用してグルコースの運搬を阻害することを報告しています。シリビンとデヒドロシリビンはがん細胞の増殖を抑制する効果もあり、その増殖抑制効果のメカニズムとして、このグルコースの取り込み阻害作用の関与を示唆しています。

その他にも、シリマリンには、がん細胞の増殖シグナル伝達系を阻害する作用や、抗酸化作用などによって転写因子のNF-κB活性を阻害する作用、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果など多彩な抗がん作用が報告されています。
シリマリン自体は毒性が極めて低く、抗酸化作用や肝細胞保護作用など抗がん剤治療による副作用を軽減する効果も多くの臨床試験などで確認されています。さらにがん細胞のワールブルグ効果を是正する作用や、増殖シグナル伝達系を抑制する作用があるため、がん治療において併用するメリットが高い成分と言えます。

図:がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みと嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。このようながん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果と言う)に中心的に関わっているのが低酸素誘導因子-1(HIF-1)で、HIF-1の働きを阻害するとがん細胞のエネルギー産生と物質代謝を抑制し、がん治療に役立つことが指摘されている。ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、HIF-1活性化の阻害、グルコースの取り込みの阻害、HIF-1を活性化するシグナル伝達系の阻害、HIF-1による遺伝子発現誘導の阻害など複数の作用点においてがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されており、その特徴的な抗がん作用が注目されている。

シリマリンについてはこちらへ

    5)アルテミシニン誘導体(アルテスネイトなど)

    低酸素は、転写因子のhypoxia-inducible factor-1α(HIF-1α)の発現を促進します。
    HIF-1αはピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導し、ピルビン酸脱水素酵素を不活性化することによってピルビン酸からアセチルCoAの変換を妨げ、嫌気性解糖系を亢進し、TCA回路を低下させます。
    また、HIF-1αはがん細胞のトランスフェリン受容体の量を増やし、細胞内への鉄の取り込みを促進することが報告されています。
    したがって、
    がん細胞に多く含まれる鉄と反応してフリーラジカルを発生してがん細胞を殺すアルテスネイトを併用すると、がん細胞内での酸化ストレスの亢進によって、がん細胞を殺す作用が増強できます。(アルテスネイトの詳細はこちらへ)

    アルテミシニン誘導体の一種 のArtesunate(アルテスネイト)は分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するendoperoxide bridge を持っています。
    がん細胞は
    トランスフェリンレセプターを介したメカニズムでを多く取り込んでいます。がん細胞内には鉄イオンが多く含まれ、アルテスネイトは鉄イオンと反応してフリーラジカルを発生するため、がん細胞が選択的に障害を受けることになります。正常細胞は鉄をあまり含んでいませんのでがん細胞に比較的特異的に細胞障害作用を示します。
    アルテスネイトは血管新生阻害作用も報告されています。がん組織では低酸素になると低酸素誘導性因子1α(HIF-1α)という転写因子が活性化され、この転写因子は血管新生を刺激し、がん細胞のトランスフェリン受容体の発現を高め、嫌気性解糖系の活性を高めます。
    したがって、嫌気性解糖系を阻害する治療とアルテスネイトを併用するとアポトーシス誘導効果が増強します。


    6)ATPクエン酸リアーゼを阻害するヒドロキシクエン酸

    ガルシニア・カンボジア(Garcinia cambogia)の果皮に多量に含まれる(-)-ヒドロキシクエン酸 ((-)- Hydroxycitric acid、HCA)は、クエン酸より水酸基(-OH)を一つ多く持っている点が違うだけで化学構造が類似しているため、ATPクエン酸リアーゼの酵素活性を競合阻害することが知られています。
    そのため、肥満抑制効果が期待されて、ダイエットのサプリメントに利用されています。
    ガルシニア・カンボジアはインドや東南アジアに生育する常緑樹で5〜9月頃にオレンジ大の大きさで、黄色からやや赤みがかった実をつけます。果実は皮が薄く、縦に深い溝があります。果実や果皮は柑橘類に似た強い酸味を有し、熟果は果物として生食されるほか、果皮や実は乾燥させて貯蔵し、カレーの酸味付けや魚の塩蔵保存などにも用いられ、長年にわたりスパイスとして利用されています。
    インド伝統医学のアーユルヴェーダでは消化を助け食欲を抑える薬として長年使用います。
    乾燥したガルシニアの果皮は10〜30%もの(-)-ヒドロキシクエン酸を含んでいます。
    ヒドロキシクエ ン酸は分子内に不斉炭素を有するため4つの異性体が存在しますが、ATPクエン酸リアーゼの阻害効果を持つのは
    (-)-ヒドロキシクエン酸(HCA)のみです。
    したがって、ヒドロキシクエン酸を豊富に含むガルシニアカンボジアを煎じ薬に使用するか、あるいは市販されているヒドロキシクエン酸のサプリメントを摂取することはがん治療に役立つ可能性があります。
    以下の論文は、その可能性を示唆しています。

    A combination of alpha lipoic acid and calcium hydroxycitrate is efficient against mouse cancer models: preliminary results. (αリポ酸とヒドロキシクエン酸カルシウムの組み合わせは担がんマウスの実験にて有効:基礎研究の結果)Oncol Rep. 2010 May;23(5):1407-16.
    要旨:
    がん細胞におけるエネルギー代謝の異常については多くの検討がなされている。我々は、がん細胞において異常を起こしている2つの酵素、1)がん細胞で活性が低下しているピルビン酸脱水素酵素と、2)多くのがんで過剰に発現しているATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)に注目して研究を行っている。
    αリポ酸はピルビン酸脱水素酵素の補酵素であり、ヒドロキシクエン酸はATP クエン酸リアーゼの阻害剤である。この2つのサプリメントの組み合わせは、強い抗がん作用を持っている可能性がある。そこで、培養がん細胞を使ってαリポ酸とヒドロキシクエン酸の抗がん作用における相乗効果を検討した。
    αリポ酸は用量(0.1 〜10μM)およびがん細胞の種類に応じてがん細胞の数を10〜50%減少させた。ヒドロキシクエン酸は10〜500μMの濃度でがん細胞の数を5〜60%減少させた。ヒドロキシクエン酸とαリポ酸を同時に投与すると、抗腫瘍効果は相乗的に増強し、8μMのαリポ酸と300μMのヒドロキシクエン酸の併用でがん細胞は72時間後に100%死滅した。
    健常なマウスに、常用される量のヒドロキシクエン酸とαリポ酸を同時に投与しても、毒性は認められなかった。
    マウスのがん細胞(膀胱がん細胞MBT-2、メラノーマ細胞B16-F10、ルイス肺がんLL/2)をマウスに移植した実験モデルで、ヒドロキシクエン酸とαリポ酸の組み合わせによる抗腫瘍効果を検討した。この組み合わせは、腫瘍の縮小や生存期間の延長において、シスプラチンや5-FUなどの通常の抗がん剤と同じレベルの抗腫瘍効果を示した。
    基礎実験のレベルではあるが、培養細胞と動物を使った実験の結果から、αリポ酸とヒドロキシクエン酸の組み合わせは、有効ながん治療となる可能性が示唆された。臨床試験を行う価値がある。

    上記の論文は、αリポ酸とヒドロキシクエン酸の併用が、がん細胞のTCA回路を活性化して、がん細胞を死滅させる効果を相乗的に増強することを示唆しています。

    がん細胞では嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでのTCA回路(クエン酸回路)が低下している。さらにTCA回路で作られるクエン酸から脂肪酸合成の経路が亢進しているので、さらにTCA回路は回らなくなっている。
    クエン酸から脂肪合成を行うATPクエン酸リアーゼを阻害すると、脂肪の合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑えることができる。熱帯植物ガルシニア・カンボジアの果実に多く含まれる(-)-ヒドロキシクエン酸はクエン酸と競合阻害することによってATPクエン酸リアーゼを阻害することが報告されている。


    7)その他:

    お茶やコーヒー
    お茶やコーヒーに含まれる
    カフェインが酸化的リン酸化を刺激してがん細胞のアポトーシス感受性を高める作用が報告されています。ジクロロ酢酸ナトリウムを服用する時に、お茶やコーヒーを多く飲用すると、抗腫瘍効果が高まることが報告されています。
    ただし、この方法を否定する意見もあります。脳腫瘍の場合は、副作用が出やすいという報告もあります。脳腫瘍以外では試してみても良いかもしれません。

    甘い食品を食べない
    がん細胞はそのエネルギー産生を嫌気性解糖に依存しているため、正常細胞の何十倍も多くのグルコース(ブドウ糖)を取り込む必要があります。
    また、がん細胞内では嫌気性解糖によって大量の乳酸が産生され、これががん細胞の増殖や転移の促進に関与しているというという説もあります。
    「甘いものはがんの栄養になる」と言われていますが、実際に
    グルコース、つまり砂糖の多いお菓子や食品を多く摂取することはがん細胞の増殖や転移を促進します砂糖を多く使った食品の摂取を少なくするだけでがん細胞の増殖を抑える効果が期待できます

    動物性の飽和脂肪酸の摂取を減らし、ω3不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸を多く摂取する
    PET検査で検出できないがんも多くあります。これは解糖系が亢進していないがん細胞もあることを意味し、この場合は解糖系酵素を阻害しても効果は期待しにくいかもしれません。
    細胞にはグルコースを使わず、
    脂肪酸の酸化によってエネルギーを産生する経路があるからです。脂肪酸はβ-酸化という方法によってアセチルCoAを産生し、TCA回路を経てエネルギーを産生することができます。
    動物性脂肪の摂取をできるだけ抑え、魚油や亜麻仁湯、紫蘇油などω3不飽和脂肪酸の多い食品を摂取すると、がん細胞のエネルギー産生を抑え、同時にがん細胞をおとなしくすることができます。(ドコサヘキサエン酸についてはこちらへ

    ビタミンC大量点滴療法
    2度のノーベル賞を受賞したライナス・ポーリング博士が、がん治療にビタミンCの大量療法を推奨し、がんの代替医療で長く行なわれています。
    ビタミンCは抗酸化性ビタミンですが、状況によってはアスコルビン酸ラジカルというフリーラジカルになって細胞障害性を発揮します。1回に50〜60g程度の大量のビタミンCを点滴で投与すると、ビタミンCはがん細胞に多く取り込まれ、そのフリーラジカル作用やその他のメカニズムによってがん細胞を殺します。(ビタミンC大量点滴療法についてはこちらへ

    費用:費用は服用量により変わります。1ヶ月分の大体の目安は以下のようになります。1ヶ月分が6〜8万円程度になります。

    ○ ジクロロ酢酸ナトリウム    : 12,000円 /1ヶ月
    ○ アルファリポ酸        : 5,000円 /1ヶ月
    ○ シリマリン          : 5,000円/1ヶ月 
    ○ アルテスネイト        : 12,000円 /1ヶ月
    ○ 半枝連を主体とした漢方煎じ薬 : 30,000円程度/1ヶ月
    ○ ビタミンB1(ビオタミン)   : 3000円程度/1ヶ月

    ご質問やお問い合わせはメール(info@1ginzaclinic.com)か電話(03-5550-3552)でお願いします。

     
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