東京銀座クリニック
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●がん細胞におけるエネルギー産生の特徴

 
【ミトコンドリアの異常が細胞のがん化に関与している】

細胞のがん化はDNA(=遺伝子)の変異によって起こる」というのが一般的な考え方です。すなわち、活性酸素や発がん物質によってDNAに変異が蓄積し、正常細胞の増殖や分化や死を制御している遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)に異常が起こることによって、自律増殖や転移といった悪性腫瘍の性質を獲得して、がん細胞になると考えられています。しかし、がん細胞の発生は、遺伝子の異常だけで起こっているわけではありません。例えば、ミトコンドリアの異常が細胞のがん化に重要な役割を果たしていることが多くの研究で明らかになっています。
ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官です。細胞内の数は細胞の種類によって異なりますが、多くの細胞は数百個〜数千個のミトコンドリアを持っています。2重の膜からなる構造で、内側にある内膜は多くのひだがあり、内側に向かって入り込んだ部分をクリステと言います。
内膜上に
電子伝達系ATP合成にかかわる酵素群などが一定の配置で並んでいます。マトリックスには、TCA回路(クレブス回路)に関わる酵素やミトコンドリア独自のDNAなどが含まれています。
がん細胞では、ミトコンドリアの形態や機能に様々な異常が報告されています。そして、がん細胞のミトコンドリアが正常に働くとがん細胞としての性質(増殖や転移する性質)が抑制されることが知られています。
例えば、核を抜き出した正常細胞とがん細胞を細胞融合させると、がん細胞は腫瘍組織を作る能力が無くなることが報告されています(下図)。すなわち、
がん細胞に移入された正常細胞のミトコンドリアが、がん細胞の悪性の性質(腫瘍組織を作る能力)を抑制することができるということです。これは、遺伝子異常だけではがん細胞の発生は説明できず、ミトコンドリアが何らかの関与をしていることを示唆しています。
ミトコンドリアでの酸素呼吸は細胞の分化(細胞の構造や機能が特殊化していくこと)に必要であり、酸素呼吸が行われないと、嫌気性解糖系の活性化、脱分化、無制限の増殖が起こるという考えもあります。これは、
ミトコンドリアでのエネルギー産生の障害が長く続くことが発がん過程において重要なステップになるという考えです。ミトコンドリアの異常が、発がんのメカニズムにどのように関与するのか、不明な点が多く残されていますが、いろんな仮説や理論が提唱されています。
図:核を抜きとった正常細胞の細胞質をがん細胞に細胞融合させると、がん細胞の悪性の性質が無くなる。これは、正常細胞のミトコンドリアががん細胞の悪性形質を抑制するためと考えられている。
【がん細胞のエネルギー産生の特徴:ワールブルグ効果とは】

約80年以上も前(1926年)に、オットー・ワールブルグ(Otto Warburg)博士は、がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることを発見しました。これをワールブルグ効果と言います。
ワールブルグ博士は呼吸酵素(チトクローム)の発見で1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。細胞生物学や生化学の領域で、重大な基礎的発見を次々に成し遂げ、呼吸酵素以外の研究でも何回もノーベル賞候補になった偉大な科学者です。そのワールブルグ博士が最も力を注いだのががん細胞のエネルギー代謝の研究です。がん細胞の異常な増殖を解明するためには、エネルギー生成の反応系を研究しなければならないということから、呼吸酵素を発見しています。
そして、1)
がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っていること、2)がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できること、さらに、3)がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法(嫌気性解糖系)でエネルギーを産生していることを見つけています。
図:細胞は血中のグルコース(ブドウ糖)を取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系における酸化的リン酸化系を経て、エネルギー(ATP)を産生している。オットー・ワールブルグ博士は、がん細胞では酸素が十分に利用できる場合でも嫌気性解糖系でのエネルギー産生が主体であることを発見した。
しかし、がん細胞における嫌気性解糖系の亢進(ワールブルグ効果)はがんの原因ではなく、酸素欠乏状態にある結果として仕方なくそうなるのだという意見が主流で、最近まであまり重視されていませんでした。ところが最近、このワールブルグ効果は単なる酸素欠乏の結果ではなく、がん発生のメカニズムにおいて重要な現象であると認識されるようになりました。
この、ワールブルグ効果を理解するために、がん細胞のエネルギー産生の特徴を次に説明します。

【がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系に依存している】

細胞を働かせる元になるエネルギーは、栄養として食事から取り入れたグルコース(ブドウ糖)を分解してATPを作り出すことによって得ています。
ATPアデノシン3リン酸(Adenosine Triphosphate)の略語で、エネルギーを蓄え供給する分子として「生体エネルギーの通貨」としての役割を持っています。
ヒトの血液100ml中にはおよそ80〜100mgのブドウ糖が存在します。ブドウ糖は血液中から細胞に取り込まれ、1)
解糖(glycolysis)、2)TCA回路(クエン酸回路やクレブス回路と呼ばれる)、3)電子伝達系における酸化的リン酸化をへて、二酸化炭素と水に分解され、エネルギー(ATP)が取り出されます。
図:細胞は血中のグルコース(ブドウ糖)を取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系における酸化的リン酸化系を経て、エネルギー(ATP)を産生している。酸素(O2)が十分に利用できる場合はミトコンドリアで効率的なエネルギー産生が行われ、酸素が不足すると嫌気性解糖系が進んで乳酸が蓄積する。がん細胞では、酸素が十分に利用できる場合でも嫌気性解糖系でのエネルギー産生が主体で、ミトコンドリアの活性が低下しているという特徴がある。
解糖(かいとう)はグルコースがピルビン酸になる過程で、この酵素反応は細胞質で行われます。ピルビン酸は酸素の供給がある状態ではミトコンドリア内に取り込まれて、ピルビン酸脱水素酵素の作用でアセチルCoAに変換され、TCA回路電子伝達系によってさらにATPの産生が行われます。TCA回路で生成されたNADHやFADH2は、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成します。このようにTCA回路で産生されたNADHやFADH2の持っている高エネルギー電子をATPに変換する一連の過程を酸化的リン酸化と呼び、これの酵素反応をおこなうシステムを電子伝達系と呼びます。こうしてつくられたATPはミトコンドリアから細胞質へ出て行き、そこで細胞の活動に使われます。
ミトコンドリアにおけるTCA回路は、酸素呼吸をする生物全般に存在するエネルギー産生のための生化学反応で、1937年にドイツの化学者
ハンス・クレブス博士が発見し、この功績によって1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。クレブス博士は一時期ワールブルグ博士の研究助手として働いており、ワールブルグ博士の伝記を書いています(日本語訳は1982年に岩波書店から出版)。
酸素の供給が十分でない場合は、ピルビン酸は細胞質で
乳酸脱水素酵素(LDH)の作用で乳酸に変換されます。この生化学反応を嫌気性解糖(aerobic glycolysis)と言います。運動をして筋肉細胞に乳酸が貯まるのは、酸素の供給が不足して嫌気性解糖が進むからです。
酸素が十分にある状態では、ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産が行われ、1分子のグルコースから36分子のATPが作られます。一方、嫌気性解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPしか作れません。
がん細胞は酸素が少ないところでも増殖できるように嫌気性解糖系が活性化されています。そして、酸素が豊富な状態でも、がん細胞は嫌気性解糖系でエネルギーを産生しているのが特徴です。
がん細胞では、低酸素と遺伝子変異によって、ピルビン酸から乳酸に代謝する乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase )の発現が高まり、ピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase)の活性を低下させることによって嫌気性解糖系を活性化していることが報告されています。
さらに、がん遺伝子のc-Mycと低酸素状態で発現するHypoxia-inducible factor 1(HIF-1)は、がん細胞における乳酸脱水素酵素の産生を高めることが報告されています。

【がん細胞はミトコンドリアの働きを抑制している】

ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、一つの細胞に数百から数千個存在します。ミトコンドリアにはTCA回路(クレブス回路)に関わる酵素や、電子伝達系やATP合成にかかわる酵素群などが存在し、細胞内のエネルギー産生工場のような役割をもっています。また、細胞死(アポトーシス)の実行過程においても重要な役割を果たしています
がん細胞は無限に増殖する能力を獲得した細胞です。早く増殖するためには、より効率的なエネルギー産生を行った方が良いように思います。グルコースを大量に消費するのに、なぜ効率的なエネルギー産生系であるミトコンドリアの酸化的リン酸化を使わずに、非効率的な嫌気性解糖系を使うのか、長い間の謎でした。ミトコンドリアで効率的にエネルギー産生を行う方が、細胞の増殖にもメリットがあると考えられるからです。その答えの一つが、「
がん細胞は死ににくくなるために、ミトコンドリアの活性を抑制する」という考えです。増殖速度を早めるよりも、死ににくくする方ががん細胞が生き残っていくためにはメリットがあるというわけです。
がんの検査法で
PET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)というのがあります。これはフッ素の同位体で標識したグルコース(18F-fluorodeoxy glucose:フルオロデオキシグルコース)を注射して、この薬剤ががん組織に集まるところを画像化することで、がんの有無や位置を調べる検査法です。正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取り込みが非常に高いがん細胞の特性を利用した検査法です。
がん細胞がグルコースを多く取り込むことは古くから知られています。がん細胞は盛んに分裂するので、正常な細胞に比べてエネルギーが多く必要であるため、グルコースをより多く消費する必要があることは容易に推測されます。しかし、最も重要な理由は、がん細胞は酸素を使わない非効率的な方法(嫌気性解糖系)でグルコースからエネルギーを産生していることです。正常な細胞はミトコンドリアで酸素を使った酸化的リン酸化という方法でエネルギーを産生しています。1分子のグルコースから、酸化的リン酸化では36分子のATPを産生できるのに、嫌気性解糖系では2分子のATPしか産生できません。したがって、嫌気性解糖系でのエネルギー産生に依存しているがん細胞ではより多くのグルコースが必要となっているのです。

細胞分裂しない神経や筋肉細胞を除いて、正常の細胞は古くなったり傷ついたりすると
アポトーシスというメカニズムで死にます。このアポトーシスを実行するときに、ミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化に関与する物質が重要な役割を果たしています。
つまり、
がん細胞ではアポトーシスを起こりにくくするために、あえてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑え、必要なエネルギーを細胞質における解糖系に依存しているという様に解釈できるのです。
がん細胞におけるミトコンドリアの機能抑制は不可逆的なものではなく、機能を可逆的に正常に戻すことができるという研究結果が報告されています。そして、
がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。

【ミトコンドリアを活性化するとがん細胞は死滅する】

ミトコンドリアの電子伝達系でエネルギー(ATP)が産生される過程で多量の活性酸素が発生します。
すなわち、呼吸で体内に取り込まれた酸素の約2〜 3% は電子伝達系でのエネルギー代謝時に還元され
スーパーオキシドアニオン(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)および一重項酸素1O2)などの活性酸素に変わると言われています。ミトコンドリアは細胞内における活性酸素の主要な発生源になっています。
ミトコンドリアから発生する活性酸素は、
CoQ10ビタミンEビタミンCなどの抗酸化物質や、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)カタラーゼといった抗酸化酵素によって消去され、活性酸素による障害が起きないようにする防御機構が細胞には備わっています。しかし、これらの抗酸化力が十分でないと、活性酸素によって細胞内のDNAや蛋白質や脂質が酸化されて、細胞の障害や遺伝子変異が起こります。
がん細胞はミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応が低下していますので、活性酸素の産生が少なく、したがって、細胞に備わった抗酸化力(抗酸化物質や抗酸化酵素の量)は低下しています。
したがって、
TCA回路を活性化して、ミトコンドリアでの酸素消費を増やすと、活性酸素の産生量が増え、酸化ストレスが増大して、がん細胞にダメージを与え、死滅させることができます

【嫌気性解糖系を阻害するとがん細胞が死滅する】

前述のごとく、がん細胞のエネルギー産生の特徴として、1)がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っている(嫌気性解糖系が亢進している)、2)がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できる(がんは低酸素の所に発生する!)、3)がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法でエネルギーを産生している(ミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応の低下)ことを80年ほど前にオットー・ワールブルグ博士が発見し、ワールブルク効果と呼ばれるようになりました。ワールブルグ博士の言葉では、「がんとは嫌気的な生き物」ということです。
乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase: LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素です。
乳酸脱水素酵素を阻害すると、嫌気性解糖系でのエネルギー産生が低下し、がん細胞の酸化的ストレスが増大し、腫瘍の増大が抑えられることが最近の米国科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci. USA)に報告されています。この雑誌は、生物化学・医学の分野ではサイエンスやネイチャーとならぶトップクラスの学術誌です。以下に要旨の訳を紹介します。

Inhibition of lactate dehydrogenase A induces oxidative stress and inhibits tumor progression (乳酸脱水素酵素Aの阻害は酸化ストレスを増大し、腫瘍の進展を阻害する)PNAS 107(5):2037-2042, 2010
【要旨】
がん細胞における遺伝子変異と腫瘍組織の低酸素によって、
がん細胞の多くはグルコースを大量に取り込み乳酸の産生量が高まっている。この反応はグルコースから解糖系酵素で産生されたピルビン酸から乳酸を作る乳酸脱水素酵素Aの作用によって行われるが、この乳酸脱水素酵素Aはがん遺伝子のc-Mycと低酸素に反応して発現するhypoxia-inducible factor 1(HIF-1:低酸素誘導性因子)によって発現が誘導される。(つまり、がん細胞が低酸素になると乳酸脱水素酵素Aの活性が高くなって、嫌気性解糖系が亢進することになる)
これまでの研究によって、
乳酸脱水素酵素Aの発現亢進ががんの発生に重要な役割を果たすことが明らかになっているが、がんの維持や進展における乳酸脱水素酵素Aの関与や、乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると発がんやがんの進展が抑えられるのかどうかなど不明な点も多い。
この研究では、
乳酸脱水素酵素Aの発現と活性を阻害すると、細胞内ATP量が減少し、酸化的ストレスが増大し、細胞死が誘導されることが示された。この効果は抗酸化剤のN-アセチルシステインによって部分的に阻害された。
がんを移植したマウスに乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害する物質(FA11)を投与すると、移植したヒト悪性リンパ腫や膵臓がんの増殖が抑制された。
以上の結果から、
乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると、がん細胞を死滅させることができることが明らかになった。

さらに、タキソールに抵抗性のがん細胞に、乳酸脱水素酵素Aを阻害する薬を投与するとタキソールに感受性になる(抵抗性が減弱する)ことが報告されています

Warburg efefct in chemosensitivity: Targeting lactate dehydrogenase-A re-sensitizes Taxol-resistant cancer cells to Taxol.(抗がん剤感受性におけるワールブルグ効果:乳酸脱水素酵素Aを阻害するとタキソール抵抗性のがん細胞をタキソールに感受性にできる)Molecular Cancer 9:33, 2010 
http://www.molecular-cancer.com/content/9/1/33

【要旨】
背景:タキソールは乳がんの治療に有効な抗がん剤の一つである。投与初期にはその抗腫瘍効果が著明であるが、多くの場合、がん細胞はタキソールに抵抗性を獲得してくる。乳酸脱水素酵素Aは乳酸脱水素酵素のアイソフォームの一つで乳腺組織に多く発現している。この酵素はグルコースの嫌気性解糖系においてピルビン酸から乳酸を作るときに働く。この研究では、乳がん細胞におけるタキソール抵抗性の獲得における乳酸脱水素酵素Aの役割を検討した。
結果:ヒト乳がん細胞株のMDA-MB-435から、高濃度のタキソール存在下で増殖するタキソール抵抗性のサブクローンを得た。このタキソール抵抗性の乳がん細胞株は、もとのMDA-MB-435と比べて、乳酸脱水素酵素の量と活性が高くなっていた。タキソール抵抗性の乳がん細胞に乳酸脱水素酵素Aの阻害剤のoxamate(オキサミン酸:ピルビン酸と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する)を投与すると、タキソールに対する抵抗性が減弱し、オキサミン酸とタキソールを併用すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞のアポトーシスが相乗的に増強した。
結論:
乳酸脱水素酵素Aは乳がん細胞のタキソール抵抗性の獲得に重要な働きを行っている。乳酸脱水素酵素Aを阻害すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞をタキソール感受性に変えることができる
つまり、ワールブルグ効果がタキソール抵抗性の原因の一つになっていることをこの研究結果は示しており、
乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害することはタキソールの感受性を高める上で有効な方法である。

がん細胞のタキソールに抵抗性を示すためには、タキソールを排出する細胞のポンプ作用亢進が関与していますが、それには多くのエネルギーが必要です。がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系で産生しており、その生化学反応を行うのが乳酸脱水素酵素です。この乳酸脱水素酵素を阻害すれば、がん細胞はエネルギー産生が低下し、タキソールを細胞外に排出することができなくなるので、タキソールに感受性になると考えられています
(オキサミン酸はピルビン産と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する実験に使用しますが、人間では安全性が確かめられていませんので、使用されていません。)

以上の2つの論文は、2010年に発表された論文です。すなわち、がん治療における最近の動向として、ワールブルグ効果をターゲットにした治療法に対する関心が高くなっていることを示唆しています。


図:乳酸脱水素酵素(LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素。
がん細胞のLDHを阻害すると、エネルギー産生が低下し、死にやすくなり、抗がん剤感受性が高くなることが報告されている。
【脂肪酸合成を阻害するとがん細胞は死滅する】

がん細胞では脂肪酸の新規合成が盛んです脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase: FASN)をはじめ、幾つかの脂質代謝酵素ががんの発生や悪性化を促進することがすでに知られており、これらががん治療の新たな標的分子となる可能性が期待されています。特にATP クエン酸リアーゼの阻害が、がん治療に有効という報告があります。
クエン酸からアセチルCoAに変換する酵素がアデノシン3リン酸クエン酸リアーゼ(ATP:citrate oxaloacetate lyase, EC 4.1.3.8)です。
食事から摂取したグルコース(ブドウ糖)は、解糖系を経てミトコンドリアのクエン酸サイクル(TCA回路)によりエネルギーに変換されます。生成したエネルギーは体が必要とするエネルギーとして利用され消費されますが、その消費量が少ない場合には、グルコースはクエン酸に変換された後、ミトコンドリアを出て脂肪合成の場である細胞質へ移行し、アセチルCoAを経由して脂肪酸そして脂肪、あるいは、コレステロールに変換され、体内に蓄積されます(図)。
糖分を摂取し過ぎると肥満になり易い理由は、ブドウ糖がTCA回路でクエン酸になって、これがATPクセン酸リアーゼで脂肪酸に変換されるからです。がん細胞が分裂して細胞を増やすためには脂肪の合成は必要です。したがって、ATPクエン酸リアーゼの活性ががん細胞で上がっているのは当然のことかもしれません。
アセチルCoAはミトコンドリアを通過できないのですがクエン酸は通過できます。TCAサイクルでできたクエン酸がミトコンドリアの外に出て、ATPクエン酸リアーゼによって脂肪の合成に消費されると、さらにTCAサイクルは回らなくなり、ミトコンドリアでの酸素呼吸は低下することになります。
したがって、ATPクエン酸リアーゼを阻害することは、脂肪の合成を阻害して細胞増殖を抑える作用があると同時に、ミトコンドリアでのTCAサイクルでのエネルギー産生を高め、がん細胞を死にやすくする効果があるのです
ATPクエン酸リアーゼの阻害剤として、
ガルシニア・カンボジアに含まれる(-)-ヒドロキシクエン酸があります。

図:がん細胞では嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでのTCA回路(クエン酸回路)が低下している。さらにTCA回路で作られるクエン酸から脂肪酸合成の経路が亢進しているので、さらにTCA回路は回らなくなっている。クエン酸から脂肪合成を行う最初のステップに働く酵素がATPクエン酸リアーゼ。このATPクエン酸リアーゼを阻害すると、脂肪の合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑えることができる。
 
 
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