低用量ナルトレキソン療法はクローン病の活動性を低下させる

クローン病(Crohn's disease)は、主として口腔から肛門までの消化管全域に、非連続性の炎症および潰瘍を起こす炎症性腸疾患の一種です。
遺伝性素因や免疫異常や食事要因など様々な原因が推定されていますが、現時点では原因不明の難病であり、根治的な治療法もなく、厚生労働省指定の特定疾患に認定されています。
症状の緩和を目標に、腸の炎症を抑える薬物治療(抗炎症剤、ストロイドホルモン剤、免疫抑制剤、TNF-α阻害剤など)が行なわれていますが、本疾患は緩解期と活動期をくり返す慢性的疾患です。
最近、低用量ナルトレキソン治療がクローン病の活動性を低下させる効果を認める臨床試験の結果が報告されています。

文献:
Low-dose naltrexone therapy improves active Crohn's disease.(低用量ナルトレキソン療法は活動期のクローン病を改善する)Am J Gastroenterol 102(4): 820-828, 2007年
これは米国のペンシルバニア州立大学医学部からの報告です。
病理学的検査および内視鏡検査で診断を確定し、クローン病活動性指数(Crohn's disease activity index, CDAI)が220〜450の活動期のクローン病患者を対象に、低用量ナルトレキソン(1日4.5mg投与)の効果について検討しています。
クローン病活動性指数(Crohn's disease activity index, CDAI)というのは、下痢や腹痛の頻度や、その他のクローン病の症状の有無などから求められるスコアで、CDAIが150以下が非活動期、450以上が非常に重症と評価されます。この数値が低下すれば、病状が良くなったと判断されます。
CDAIスコアの平均が356+/-27の活動期のクローン病患者17例が試験に参加し、低用量ナルトレキソンの投与によってCDAI値が顕著に減少し、治療を終了4週間後もCDAI値は投与前のベースラインよりも低値であったと報告されています。
89%の患者が治療に反応し、67%の患者が緩解期に入りました。QOL(生活の質)の改善も認められ、検査での異常は認められませんでした。最も多い副作用は睡眠障害で7例にみられました。
以上の結果から、低用量ナルトレキソン療法は活動期のクローン病患者に対する治療法として有効性と安全性が確認できたと著者らは延べています。

低用量ナルトレキソン(Low Dose Naltrexone)とは:

【ナルトレキソン(Naltrexone)とは:

ナルトレソンはモルヒネに似た構造の化合物で、モルヒネなどのオピオイドイドオピオイド受容体の結合を阻害する薬です。
麻薬中毒やアルコール中毒など薬物依存症の治療に使用されています。依存症の治療に使う量の10分の1くらいの低用量のナルトレキソンを投与すると、内因性オピオイドの分泌が増加し、様々な自己免疫疾患やがんに対して治療効果を発揮することが報告されています。

ナルトレキソン
モルヒネ
【オピオイドとオピオイド受容体】

オピオイド(Opioid)とは「オピウム(アヘン)類縁物質」という意味です。
アヘン(阿片)はケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。アヘンの英語名は「opium(オピウム)」と言い、アヘンに含まれるモルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体をオピオイド受容体と言います。オピオイド受容体はモルヒネ受容体とも呼ばれ、モルヒネは脳内のオピオイド受容体(モルヒネ受容体)に働いて、鎮痛作用などの効果を発揮します。

このオピオイド受容体は、モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合して作用を発揮する受容体として見つかりましたが、体内にもこのオピオイド受容体に結合して作用する物質があります。モルヒネなどの外来性のオピオイドはアルカロイドという化合物ですが、体内にはモルヒネ様の作用を示すペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながってもの)が見つかっています。この内在性オピオイドは脳内に多く存在し、モルヒネと同様の作用を示します。鎮痛作用があり、また多幸感をもたらすと考えられており、そのため脳内麻薬と呼ばれることもあります。

オピオイド受容体や内在性オピオイドは複数の種類があります。ナチュラルキラー細胞やリンパ球など免疫細胞にもオピオイド受容体が見つかっており、オピオイドと免疫との関連が指摘されています。特に、ベータ・エンドルフィンが免疫力を調節する効果が注目されています。

図:オピオイド受容体とはモルヒネ様物質(オピオイド)の作用発現に関与する細胞表面の受容体タンパク質。神経細胞の末端に存在するオピオイド受容体にオピオイドが結合すると、疼痛伝達物質(サブスタンスPなど)の放出を抑制して鎮痛作用を発揮します。さらにTリンパ球などの免疫細胞の細胞表面にも存在し、オピオイドによる免疫調節作用にも関与しています。

【ベータ・エンドルフィンとは】

生体内のオピオイドはペプチドであり、作用する受容体の違いによってエンドルフィン類(μ受容体)、エンケファリン類(δ受容体)、ダイノルフィン類(κ受容体)の3つに分類されます。
エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味です。アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンがあり、その中でも、ベータ・エンドルフィンはモルヒネに比べて6.6倍の鎮痛作用があり、多幸感や免疫増強の作用も知られています
ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドです。

マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説があり、性行為をすると、ベータ・-エンドルフィンが分泌されると言われています。
肉体的な痛みや疲労が高まると、脳の下垂体部分からベータ・-エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える働きがあります。
つまり、抗ストレス作用や忍耐力の増大や、身体的や精神的な苦痛を和らげる効果があります。

ベータ・-エンドルフィンは、免疫にも非常に大きく関係しています。
体内に侵入した異物や体内に発生したがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞やリンパ球にはベータ・-エンドルフィンに対するレセプター(受容体)が存在に、このレセプターにベータ・エンドルフィンがくっつことによりこれらの免疫細胞が活性化します。

このように、ベータ・エンドルフィンは、強力な鎮痛作用の他に、抗ストレス作用、忍耐力増強、免疫調節などの効果があり、様々な自己免疫疾患やがんの治療にも役立つことが知られています

【低用量ナルトレキソンはベータ・エンドルフィンなどの内因性オピオイドの分泌を高める】

ナルトレキソンはオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害する薬で、麻薬やアルコールなどの依存症の治療に使用されています。依存症の治療に使う量の10分の1くらいの低用量のナルトレキソンを投与すると免疫力やがんに対する抵抗力を高める効果が報告されています。
薬物依存症の治療に使用する量(1日50mg)では、脳内におけるオピオイドとオピオイド受容体の結合を完全に1日中阻害し、薬物依存を治す効果があります。
しかし、この量の10分の1(3〜5mg)の低用量を投与すると、その阻害作用は数時間しか続きません。このように、内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンなど)とオピオイド受容体が1日数時間阻害される状況が続くと、体はその阻害されている状況を代償するためにフィードバック機序によって、より多くのベータ・エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドを産生するようになります。たとえば、睡眠前に低用量(3〜4.5mg)のナルトレキソンを服用すると、朝には体内でベータ・エンドルフィンの産生が著明に高まると報告されてます。体内でのベータ・エンドルフィンの産生増加は、免疫力増強や抗ストレス作用や耐久力増強や鎮痛作用の効果を引き起こすことが想定されています。

ベータ・エンドルフィンは気持ちがいい、楽しいと感じたときに分泌され、免疫力を強化し、自己治癒力を高める作用があります。
瞑想や気功・太極拳をするとα波が出てリラクゼーションになるといわれますが、このときにもベータ・エンドルフィンの産生が高まることがリラクゼーション効果と関係することが報告されています。がん治療にイメージ療法や気功が使われますが、その作用機序としてベータ・エンドルフィンの関与が指摘されています。
鍼灸が効くメカニズムの一つに、鍼灸の刺激によって体内のベータ・エンドルフィンの分泌が高まることが報告されています。
漢方薬に使用される生薬の研究でも、ベータ・エンドルフィンの分泌との関連を指摘した報告があります。体力増強や抗ストレス作用などのアダプトゲン効果の作用機序の一つに、体内モルヒネのベータ・エンドルフィンの関与を指摘した意見もあります。

低用量ナルトレキソン療法は、内在性のベータ・エンドルフィンの産生を高めて、体に備わった免疫力や治癒力を高める方法として有効な治療法です。

図:強い鎮痛作用をもつモルヒネはケシの未熟果から採られ、鎮痛剤として使われている。モルヒネと同じような作用をもつ物質が体内(特に脳)に存在し、内在性オピオイドや脳内麻薬などと呼ばれる。その一つのベータ・エンドルフィンは、モルヒネより強力な鎮痛作用や免疫力増強や抗ストレス作用などの効果がある。低用量ナルトレキソンは体内のベータ・エンドルフィンの産生を高め、自己免疫疾患やがんの治療にも役立つ。

費用とお問合せ:

低用量ナルトレキソンの費用は1ヶ月分(4.5mg x 30カプセル)が12,000円です。
低用量ナルトレキソンに関するお問合せは、お問合せフォームか、info@1ginzaclinic.com へ直接メールにてお問合せ下さい。電話(03-5550-3552)でも受付けています。

 
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