がん治療におけるメラトニンの有効性(がんの種類別):文献的考察

【乳がんとメラトニン】

尿中のメラトニンの量の少ない人(=体内のメラトニン産生の少ない人)は乳がん発症率が高いことを示す研究結果が複数報告されています。

Urinary Melatonin Levels and Breast Cancer Risk.(尿中メラトニン量と乳がんリスク)JNCI 97(14):1084-1087, 2005
米国で実施されている最大の疫学研究のNurses' Health Study (NHS)の中で、尿中のメラトニン量と閉経前乳がんの発症率を前向きコホート研究で検討。
浸潤性乳がんを発症した147人と健常者(コントロール群)291人について、早朝に採取した尿中のメラトニン代謝産物の6-sulfatoxymelatoninの量を比較した。
尿中のメラトニン代謝産物が多い上位25%の人は、少ない方から25%の人に比べて、乳がん発症の相対危険度(オッズ比)は0.59(95% 信頼区間, 0.36-0.97)と低下していた。これは統計的に有意な差であった。
Urinary melatonin levels and postmenopausal breast cancer risk in the Nurses' Health Study cohort.(看護師健康調査コホート研究における尿中メラトニン量と閉経後乳がん発症リスク)Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 18(1): 74-79, 2009
Nurses' Health Study (NHS)の中での解析で、尿中のメラトニン量と閉経後乳がんの発症率を前向きコホート研究で検討した結果を報告。
健康な女性看護師18643人を対象に追跡し、乳がんを発症した357人と健常人533人について、尿中のメラトニン代謝産物の6-sulfatoxymelatoninの量を比較した。その結果、尿中のメラトニン代謝産物の量が多いほど、乳がんの発症率が低下することが明らかになった。
尿中のメラトニン代謝産物が多い上位25%の人は、少ない方から25%の人に比べて、乳がん発症の相対危険度(オッズ比)は0.62(95% 信頼区間, 0.41-0.95)と低下していた。これは統計的に有意な差であった。
Urinary 6-sulfatoxymelatonin levels and risk of breast cancer in postmenopausal women.(閉経後女性における尿中6-sulfatoxymelatoninレベルと乳がんリスク)J. Natl Cancer Inst. 100(12): 898-905,2008
閉経後女性の乳がん発症率と尿中のメラトニン量との関連を前向きコホート研究で調査。メラトニンの主要代謝産物の6-sulfatoxymelatoninの尿中排泄量を、追跡期間中に乳がんを発症した178人の閉経後女性と、条件の一致した710例のコントロール群と比較。その結果、尿中のメラトニン量が多いほど、乳がんの発症率が低下することが示された。
メラトニンの代謝産物である6-sulfatoxymelatoninの排泄量の多い上位25%の人は、少ない方から25%の人に比べて、乳がん発症の相対危険度(オッズ比)は0.56(95%信頼区間:0.33-0.97)に低下。この相対危険度は、非喫煙者では0.38(95%信頼区間:0.20-0.74)にさらに低下。尿を採取後4年以内に浸潤性乳がんを発症した症例を除いて計算すると、相対危険度は0.34(95%信頼区間:0.15-0.75)に低下した。
このリスク低下は乳がんのホルモン依存性の有無とは関係が認められなかった。
追跡調査した3966人のうち、6-sulfatoxymelatoninの尿中排泄量の多い上位25%の992人では調査期間中に40人(4.03%)が乳がんを発症したのに対して、排泄量の少ない下から25%の992人では56人(5.65%)が乳がんを発症した。

多くの前向きコホート研究で、閉経前と閉経後のどちらにおいても、メラトニンの体内産生量が高いほど、乳がんの発送リスクが低下することが明らかになっています。つまり、体内のメラトニン産生量と乳がんの発症リスクが逆相関することを示し、メラトニンの乳がん予防効果を支持するものです。
メラトニンの分泌が少ないと女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が増えるので、乳がんの発生率が高くなるという意見もあります。さらに、メラトニン自体に様々な抗腫瘍効果があることが知られています

夜勤の多い看護師や、国際線の乗務員のように概日リズムが慢性的に乱れやすい職種の人では、他の職業の人に比べて、乳がんの発生率が高いことが報告されています
例えば、乳がんの発生率を検討した疫学研究のメタ解析では、国際線の乗務員では70%、交代制勤務の職種では40%の乳がん発生率の上昇が認められています。(Naturwissenschaften 95: 367-382, 2008)
交代制勤務が乳がんの発生リスクを高める理由は複数の要因が関与していると考えられます。体内時計の乱れが内分泌系の異常を引き起こし、その結果、乳がんが発生しやすい可能性が指摘されています。
さらに、体内時計の調節に重要な役割を担っているメラトニンとの関連が指摘されています。メラトニンは脳の松果体から産生されるホルモンの一種で、その分泌は光によって調節されます。すなわち、目から入る光によってメラトニンの産生は少なくなり、暗くなると体内のメラトニンの量が増えて眠りを誘います。
夜間に強い光を受けるとメラトニンの分泌の低下を引き起こし、乳がんの発症に関与している可能性を指摘する「乳がん発生のメラトニン仮説」が提唱されています。盲目の人には乳がんが少ないという報告や、夜間勤務の人には乳がんが多いという報告があり、これらはメラトニンが多く分泌される状況にあると乳がんの発生が抑えられ、夜間勤務のようにメラトニンの分泌が抑えられると乳がんが発生しやすい可能性を示唆しています。

培養細胞を使った研究で、メラトニンは乳がん細胞のp53蛋白(がん抑制遺伝子の一種)の発現量を増やし、がん細胞の増殖を抑制することが報告されています。また、エストロゲン依存性のMCF-7乳がん細胞を使った実験で、エストロゲンとエストロゲン受容体の複合物が核内のDNAのエストロゲン応答部位に結合するところをメラトニンが阻害することによって、エストロゲン依存性の乳がん細胞の増殖を抑えることが報告されています。
動物実験でも、乳がんの増殖を抑える効果が示されています。

ホルモン療法(タモキシフェン)を受けている進行した乳がん患者において、1日20mgのメラトニンの服用に延命効果があることが報告されています。ホルモン依存性の乳がんの治療のあと、再発予防の目的で抗エストロゲン剤のタモキシフェンなどが投与されますが、1日20mgのメラトニンはその再発予防効果を高める効果が期待できます。

【肺がんとメラトニン】

転移を有する進行性非小細胞性肺がん患者100例を対象に、シスプラチンとエトポシドの抗がん剤単独群50例と抗がん剤+メラトニン治療群50例に分けたランダム化比較臨床試験では、神経毒性の副作用は抗がん剤単独群が41%に対してメラトニン併用群が18%、血小板減少は抗がん剤単独群が20%に対してメラトニン併用群は14%でした。10%以上の体重減少は抗がん剤単独群では41%に対してメラトニン併用群では6%、体力低下は抗がん剤単独群では35%に認められ、メラトニン併用群では8%でした。これらの差はいずれも統計的に有意でした
完全寛解と部分寛解を足した奏功率は、抗がん剤単独群が18%に対して、メラトニン併用群では35%。完全寛解率は抗がん剤単独群では0%でしたが、メラトニン併用群では4%に認められました。抗がん剤単独群では2年以上の生存率は0%でしたが、メラトニン併用群では5年以上の生存率が6%(49例中3例)でした。(J Pineal Res 35:12-15, 2003)

抗がん剤に抵抗性を示し転移のある非小細胞性肺がん患者を、緩和治療のみとメラトニン投与(1日10mg、午後7時内服)に無作為の2群に分けて比較したところ、メラトニン投与によりがん細胞の増殖が抑えられ生存率の改善が認められました。 保存的治療のみの患者の平均生存期間が3ヶ月であったのに対して、メラトニンを服用した患者の平均生存期間は6ヶ月であり、1年以上生存した患者は、保存的治療のみが32例中2例であったのに対して、メラトニン服用者では32例中8例でした。

メラトニンは免疫増強作用や抗酸化作用やがん細胞の増殖を抑える作用があるので、末期がんに対しても症状の改善や延命効果が期待できます。
メラトニンには、がん性悪液質を改善する効果があります。がん性悪液質とは、がん細胞が出すTNF-αなどの炎症性サイトカインなどによって、食欲不振や倦怠感や体重減少などの症状が現れる病態で、がん患者の死期を早める原因となっています。
末期がん患者にメラトニンを投与すると、体重減少や食欲低下や倦怠感や抑うつ症状が改善し、延命効果があることが多くの研究で示されています。

【膵臓がんとメラトニン】

動物実験のレベルですが、メラトニンが膵臓がんの抗がん剤治療の抗腫瘍効果を高める可能性が報告されています。

Improvement of Capecitabine Antitumoral Activity by Melatonin in Pancreatic Cancer.(膵臓がんにおけるカペシタビンの抗腫瘍活性のメラトニンによる増強)Pancreas. 2010 Dec 21. [Epub ahead of print]

(目的)抗がん剤のカペシタビン(商品名:ゼローダ)とメラトニンを併用した場合の抗腫瘍効果を、膵臓がんの実験モデルにおいて検討した。
(方法)50匹のハムスターを次の5つのグループに分けた。グループ1:正常コントロール(膵臓発がんなし)、グループ2: BOP [N-nitrosobis(2-oxopropyl) amine];で膵臓がんを発生させる、グループ3:BOPで膵臓がんを発生させメラトニンを投与、グループ4:BOPで膵臓がんを発生させカペシタビン(ゼローダ)を投与、グループ5:BOPで膵臓がんを発生させカペシタビンとメラトニンを投与。以上の5グループで腫瘍(膵臓がん)の発生率と膵臓における酸化ストレスマーカーを検討した。
(結果)発がん剤のBOPを投与されたハムスターは全てにおいて、膵臓組織の過酸化脂質の量が増え、抗酸化活性が低下し、低分化から中分化型の膵臓がん(腺がん)が発生した。一方、BOPの投与を受けカペシタビンの投与を受けた群では膵臓がんの発生は66%で、BOPとメラトニンの投与を受けた群では膵臓がんの発生は33%であり、多くは中分化型の腺がんであった。
カプシタビンとメラトニンの両方の投与を受けたグループでは、膵臓がんの発生率は10%に低下し、発生した膵臓がんは高分化型であった。この発がん予防効果は、膵臓組織の過酸化脂質レベルの低下と抗酸化活性の亢進と関連していた。
(結論)膵臓がんの実験モデルで、カペシタビン(商品名:ゼローダ)とメラトニンの併用投与は、膵臓組織の抗酸化活性を高め、抗腫瘍効果を相乗的に高めた。

(注)がん細胞の組織型で低分化型は悪性度が高く、高分化型は正常細胞により近くおとなしいがん細胞です。中分化型は低分化と高分化の中間です。カペシタビンとメラトニンの両方を投与すると、膵臓がんの発生率が10%に低下すると同時に、発生したがんも高分化型でおとなしいがん細胞しか発生しなかったことは、この実験モデルで、カペシタビンとメラトニンの併用は、相乗的に発がん予防を高めることを意味しています。そのメカニズムとして、メラトニンの抗酸化作用や抗がん作用が関連しているようです。

Melatonin and celecoxib improve the outcomes in hamsters with experimental pancreatic cancer.(メラトニンとセレコキシブは実験的に膵臓がんを発生させたハムスターの生存を改善する) Pineal Res. 49(3):264-70. 2010

膵臓がんは進行が早く有効な治療が少ない。メラトニンは抗酸化作用があり、酸化障害を軽減する効果が報告されている。シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の選択的阻害剤であるセレコキシブ(celecoxib)は進行した膵臓がんの抗がん剤や放射線治療の効果を高める。この研究は、膵臓発がんに対するメラトニンとセレコキシブの予防効果および相乗効果を、ハムスターの膵臓発がんモデルを使って検討した。
ハムスターに発がん物質のN-nitrosobis (2-oxopropyl)amine) (BOP) を投与して膵臓がんを発生させた。メラトニンとセレコキシブは、単独あるいは併用して、発がん過程のinduction,あるいはpostinductionの時期のどちらか、あるいは両方において投与した。
膵臓の組織における腫瘍の数や、過酸化脂質や還元型グルタチオン、スーパーオキシド・ジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素の活性を測定した。
抗がん剤のBOPの投与によって膵臓組織の過酸化脂質の量は増え、抗酸化活性は低下し、腫瘍が発生し、生存率が低下した。
メラトニンを投与すると、膵臓組織における酸化ストレスは低下し、腫瘍の発生数は減少し、死亡率が低下した。この効果はセレコキシブの投与よりも強かった。膵臓がんの発生予防におけるメラトニンとセレコキシブの相乗効果は、inductionの時期に投与した場合のみにみられた。メラトニンはこの膵臓発がんモデルにおいて、ハムスターの生存率を顕著に改善した。

【肝臓がんとメラトニン】

手術不能の肝細胞がんの肝動脈化学塞栓療法(TACE)による治療前後にメラトニン(20mg/日)を服用すると切除手術の実施率と生存率を高める効果が報告されています。
100例の手術不能の進行した肝細胞がんを、肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization ,TACE)のみを施行した50例(TACE単独群)と、TACEの施行前後にメラトニンを投与した50例(TACE+メラトニン群)にランダム(無作為)に分けて2年以上追跡し、生存率と切除手術実施率などを比較しています。
TACEはリピオドールと抗がん剤(マイトマイシン C、アドリアマイシン、5-FU)を肝動脈内に注入する塞栓術を6週ごとに3回施行し、メラトニン(20mg/日、午後8時に内服)はTACE前7日間とTACE後21日間投与しました。
TACE治療後に切除手術が可能であったのは、TACE群が4%、TACE+メラトニン群は14%で、メラトニン投与によって統計的に有意(P<0.05)に切除率が向上しました。
6ヶ月、1年、2年後の生存率は、TACE単独群が82%、54%、26%であったのに対して、TACE+メラトニン群では100%、68%、40%であり、いずれもメラトニン投与により統計的に有意(P<0.05)な生存率の向上を認めました。
TACE施行後の肝障害(ALT,ASTなどで評価)はメラトニン投与により軽減し、メラトニンの抗酸化作用による肝細胞のダメージ軽減効果が示唆されました。さらに、免疫増強の指標となる血中IL-2濃度は、TACE単独では増加しなかったが、メラトニン併用群ではIL-2の増加が認められました。
以上の結果より、メラトニンはTACEによる肝障害を軽減し、免疫力を増強し、生存率と切除手術施行率を高める効果が認められました。したがって、進行した肝細胞がんの肝動脈化学塞栓療法(TACE)においてメラトニンを1日20mg投与することは臨床的に有効と考えられます。(Hepatobilliary Pancreat Dis Int. 1:183-186, 2002)

【脳腫瘍とメラトニン】

悪性脳腫瘍(神経膠芽腫)30例のランダム化比較試験で放射線照射単独群の1年生存率が6.3%に対して、放射線照射と1日20mgのメラトニンを併用した群の1年生存率は42.9%でした。(Oncology 53:43-46, 1996)

緩和治療を受けている転移性脳腫瘍の患者50例を対象にしたランダム化臨床試験では、メラトニン(1日20mg,午後8時服用)によって、1年後の生存率や平均生存期間が著明に改善しました。

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