乳がん治療後に再発率を下げるために適切な運動量 

2005年5月25日号のJAMA(米国医師会雑誌)に、ハーバード大学とBrigham and Women's Hospitalの研究者が行った研究が報告されています。タイトルは「乳がん診断後の身体活動と生存」(Physical activity and survival after breast cancer diagnosis.)です。以下はその要約です。

[研究の背景]日常生活やスポーツで体を動かすこと(身体活動)が乳がんの発生率を下げることは報告されているが、乳がんと診断された後の再発率や生存期間におよぼす身体活動の影響については明らかになっていない。
[目的]乳がんに罹った女性において、身体活動を高めることが、運動不足の乳がん患者の死亡率を下げることができるのかどうかを明らかにするための研究。
[研究計画]1984年から1998年の間にステージI,II,IIIと診断された女性看護士を2002年6月まで追跡調査した
[主な評価法]身体活動の度合いをmetabolic equivalent task [MET] hours per weekで評価し、<3, 3-8.9, 9-14.9, 15-23.9, or > or =24に分類して、それぞれのグループにおける乳がんによる死亡リスクを比較。
[結果]身体活動が3MET-hours/週以下の女性と比較して、3-8.9MET-hours/週のグループの乳がんによる死亡の相対危険度は0.80 (95% confidence interval [CI], 0.60-1.06) であった。
9-14.9 MET-hours/週のグループの相対危険度は0.50 (95% CI, 0.31-0.82) であった。
15-23.9 MET-hours/週のグループの相対危険度は0.56 (95% CI, 0.38-0.84) であり、24 MET-hours/週以上の身体活動の高いグループの相対危険度は0.60 (95% CI, 0.40-0.89) であった。
3MET-hours というのは時速2~2.9マイルで1時間歩く仕事量に相当する。
身体活動によって乳がんによる死のリスクが減るのはホルモン-依存性の乳がんにおいて特に顕著であった。
身体活動が9 MET-hours/週未満の患者でホルモン依存性の乳がんの死亡リスクと比較して、身体活動が9 MET-hours/週以上の患者でホルモン依存性の乳がんの死亡の相対リスクは、0.50 (95% CI, 0.34-0.74)であった。
身体活動が3 MET-hours/週未満の患者の乳がんの死亡リスクと比較して、身体活動が9 MET-hours/週以上の患者では、10年後の死亡率は6%減少する。
[結論]乳がんと診断された後に、身体活動を高めると乳がんによる死亡のリスクを下げることができる。もっとも効果が出るのは、週に3から5時間のウオーキングであり、これ以上にエネルギー消費量を増やしてもリスク低下に寄与するという証拠は乏しい。ここに推奨されたレベルの身体活動を行うことは、乳がん治療後の死亡のリスクを下げる効果がある。
(文献:JAMA; 293:2479-2486,2005)

コメント:
米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、「体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする」ことが勧告されています。乳がん治療後の再発予防においてもこの程度の運動が最適のようです。
以下も参考にして下さい。

【運動不足は大腸がんと乳がんの危険因子】

運動不足は大腸がんや乳がんの発生率を高めることが、多くの疫学的研究で報告されています。
例えば、約8千人の男性労働者の仕事中の姿勢と大腸がんの発生率を調べた大阪府立成人病センターの疫学調査によると、デスクワーク中心の人が大腸がんになる危険度を1.0とすると、立ち仕事が中心の人の危険度は0.27という結果が出ています。仕事中に体を動かす量に反比例して大腸がんのリスクが低下することが明らかになっており、同様の結果は欧米でも多く発表されています。
運動が大腸がんのリスクを下げる理由としては、運動によって便通が促進され、便に含まれる発がん物質と腸の粘膜との接触時間が短くなる可能性や、発がん過程を促進するインスリンや胆汁酸のレベルに影響する可能性などが示唆されています。動かないことが問題で、デスクワーク中心の人は運動不足を解消することが大切です。
日本でも最近急増している乳がんも運動不足が発がんリスクを高めることが報告されています。乳がんの発がんを促進する女性ホルモン(エストロゲン)が卵巣の他に体脂肪からも産生されるため、乳がんの場合は体脂肪との関連が大きく、運動不足による肥満が乳がんの発がんリスクを高めるようです。
日頃の日常生活で体を動かすことの多い人や、適度な運動を行っている人では、乳がんの発生率が30%も減るとか、乳がん治療後の再発率が減少するという報告もあります。
大腸がんと乳がん以外のがんでは、運動による発がんリスクの低下ははっきりとは証明されていませんが、体力に合った適度な運動は、様々な健康作用によってがん予防に寄与すると考えられています。

【適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めてガンを予防する】

運動をほとんどしないという人では、体力に合った適度な運動を行うことは、全身の組織の血行を良くして新陳代謝を高め、ストレス発散や抑うつ状態から抜け出す手段にもなり、がんの発生や再発の予防に有益といえます。ただし、疲労やストレスの原因になるような過度の運動はマイナス効果になる可能性があります。
食生活の乱れや運動不足によって起こる肥満や新陳代謝の低下はがんを促進する要因となります。がんを発生しやすい系統のネズミでも摂取カロリーを制限し、毎日運動させると、発がん率が低下することが観察されています。
適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。血液の循環をよくし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。適度な運動によって、NK細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています。
動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。運動がストレスの適当なはけ口になると免疫力と高めることにもつながります。つまり、規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として、一番適当な方法であり、体の自然治癒力や防御能を刺激する作用があります。
運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。抑うつ感情はがんの予後に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。つまり運動は、がんの予後のよくない人にみられる抑うつ的な心理状態から抜け出す効果的な方法でもあるのです。  
例えば、電車で通勤している人は今まで下りていた駅の2つほど前で駅を下りて、歩いて職場に行くという、ちょっとした工夫だけでも効果があります。歩くことは適度な運動になると同時に、ガンに立ち向かうという目的意識を絶えずもつことにもなります。このように、日常生活の中で規則的に運動する時間をとるような自己管理は、病気から立ち直る力となる心理的土壌を作りあげる上でも役立ちます。
多くの研究で、適度な身体運動が多くのガンの予防に有効であることが示唆されています。

【過度の運動はがんを促進する可能性がある】

一方、過度の運動はかえって健康を害することも指摘されています。運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進することになります。肉体的および精神的なストレスを引き起こすような過度の運動は、NK細胞活性などの免疫系の働きを低下させることが知られています。オリンピック選手やプロのスポーツ選手は短命であるという説や、最も長寿な職業は僧侶であるという説もあります。大学の卒業者で体育系出身者は、文科系や理科系の出身者より平均寿命が短いという報告もあります。疲労が翌日に残るような過度の運動はガン再発予防の点からは勧められません。
一般に西洋でのスポーツは、身体機能を高めることと競技性を重視しており、健康への寄与は必ずしも高くないと思います。過度のスポーツが、体内での活性酸素の産生を増やし、またストレスを引き起こして、老化や発ガンに促進的に作用するという可能性については軽視されています。
あらたまって運動するとそれが苦になるような場合には却って逆効果になると思われます。運動自体が嫌いな人に無理強いするのはストレスになるからです。積極的に運動するより、仕事や家事で体を動かしておれば良いという研究結果もあります。家にじっとしているのではなく、目標をもって体を動かすのが基本であり、仕事や家事で体を動かす機会が少ない場合にはリフレッシュを兼ねて好きなスポーツなどで体を動かすようにすると考えれば良いと思います。
体に障害があれば動かせる範囲で行い、体の状態に併せて運動量を変えなければなりません。痛みやつらさが出てきたらペースを落とす方が賢明です。東洋医学では動きすぎはかえって気を消耗し、元気がなくなり、病気にかかりやすくなってしまうと考えられています。東洋医学における操体術(たとえば太極拳などのような体操)は一種の運動療法ですが、エアロビクスのような激しい動きはなく、ゆっくりした動きの運動であり、全身に気や血を行き渡らせ、気の流れをよくすることを主目標としており、がん再発予防の観点からは勧められる運動です。